中学3年間の進路指導
義務教育の最終学校である中学校における進路指導は、単に就職の斡旋や高校進学の準備・決定の指導にとどまるものではありません。将来の生活における生き方を自主的に掴ませるという重要な役割を担っています。そのためには、中学3年間、系統だった指導・援助を行う必要があります。進路指導は学校の教育活動全体を通じて計画的・組織的に行うものですが、学級の時間(主として学級指導)をこれに充てることになっていますので、進路指導は担任が中心になって行わないといけません。1年生の担任であっても3年間を見通して進路指導を行うようにしましょう。
「やる気」「積極性」「戦術」
ところで、私は、進路指導の際、1911年、南極点到達を目指していた2人の探検家の話を例にして話をすることにしています。2人の探検家とは、ノルウェーのアムンゼンとイギリスのスコットです。アムンゼンは先に南極点に到達し、無事に帰還した後、北極点到達も果たして後世に名を残していますが、スコットの一行は、アムンゼンとの競争に破れ、引き返す途中で、全員、氷の上で最期を迎えることになりました。この2人を比較して、「アムンゼンは運が良かったのだ」とか、「スコットは悲劇の主人公だ」などと評されることもありますが、同じゴールを目指していても、この2人には大きな違いがありました。
まず、「やる気」が違ったということです。アムンゼンは酷寒の地の探検に備えて、体力作りやスキーの練習に余念がなかったのに対して、スコットはもともと海軍の提督になるつもりで探検家にはなる気がなかったのです。高校に行きたいと本気で思って勉強している生徒と、「みんなが行くから行く」とか「親が行けというから行く」というような考えの生徒とでは、勝負にならないのは当たり前です。
また、アムンゼンは、隊員たちにいちいち細かい指示をせず、指揮権を委譲していたのに対し、スコットの方は、イギリス海軍式の階級制度を用い、言われた命令に忠実に従うようにしていたといいます。「あれしろ」,「これしろ」と言われるままにしか行動しないようでは、指揮官のミスが命取りになるのです。勿論、指揮官の命令に従わなければ、チームは組めませんが、それぞれの隊員が「考える」細胞(スタッフ)でなければ、本当の意味でのチームワークは出来ません。
さらに、この2人には、「戦術」の面でも決定的な違いがありました。それは、ソリを引っ張るのに、アムンゼンが犬を使ったのに対し、スコットは馬を使ったのでした。寒さに強い犬と、弱い馬とでは、最初から話になりません。2人の結果は当然だったというべきでしょう。
ゴールを目指しても、「やる気」のある人とそうでない人,言われるままにしか出来ない人と自分から考えて行動出来る人,「戦術」(方法)の正しい人と間違っている人とでは、差が出てくるのは当たり前です。進路に向けて、「やる気」をもち、自分から積極的に考えて、正しい方法で取り組むようにしなければ成功はありません。
①「やる気」を高めるために
まず、1年生の時から、個人資料の収集と活用に努めるようにしましょう。個人資料としては、定期考査や実力テストの結果,性格検査,職業適性検査,健康診断,体力測定,生徒指導資料などがあります。また、教師の観察記録,生徒の自己分析票,班ノート,生活アンケート調査などもあげられるでしょう。これらの個人資料を生徒や保護者にもできる範囲でオープンにし、進路指導に役立てるようにしたいものです。
次に、職業や高等学校などに関する最新の情報を生徒に与え、それを各自の進路指導にも役立たせることが大切です。進路情報としては、職業に必要な資格や免許の内容,その取得方法,公私立高等学校や専修学校・各種学校の種類と内容,求人情報などがあげられます。進路情報の提供するためには、教師が常にアンテナを高くし、進路に関する情報を得ておくことが必要です。インターネットの活用も必要です。塾の先生の方が詳しい情報を知っているというようでは、学校の信頼をなくし、いい進路指導ができません。
②自分から考えさせるために
自分の特徴や適性について考えさせるためには、啓発的経験をさせることが必要でしょう。「1ozの経験は1㌧の理論に優る。」(Dewey.J)と言われます。出来るだけ多くの体験を取り入れることが大切です。職場見学や上級学校見学,卒業生の進路講演会などを実施することによって、生徒たちは社会や上級学校に目を広げ、自分の進路問題を身近に受け止めることができるようになるのです。
③方法を間違わないために
高校中退者の数が増加の一途をたどっています。高校入学者の不適応の原因には、(1)進学動機の曖昧さ,(2)学力不足,(3)中学校進路指導の不十分さ,(4)学校・学科選択における生徒の主体性のなさ,(5)高等学校の内容についての理解不足,などがあげられます。また、就職者の離職率も高く、無職少年が増加しています。生徒たちが望ましい進路選択をするためには、進路相談を効果的に実施し、指導・援助を行う必要があるでしょう。進路相談では、定期相談以外に随時相談の出来るような雰囲気作りが大切です。また、必要に応じて、呼び出し相談をしたり、保護者対象の相談や生徒・保護者・教師の三者相談を設けたりすることも必要です。
中学3年生の担任は、本格的な就職・進学援助をしていくことになります。学年共通理解の上に立ち、真剣にかつ慎重に指導にあたることが大切です。その際、あくまでも生徒自身が自主的に進路を決定するようにすべきです。特に3年生の3学期は、卒業を間近に控え、寂しさをつのらせる時期であるとともに、自分の進路のことで頭がいっぱいになり、不安と焦りで自己中心的になりやすい時期です。日頃の学級作りが大切なことは言うまでもありませんが、この時期の指導ポイントをあげておきましょう。
(1)進路決定までの不安を和らげ、目標達成へ向けての過ごし方
(2)受験に失敗した場合の心構えと、失敗した生徒を取り巻く者の心得
(3)受験に合格した生徒が心得なければならない他の未決定者に対する配慮。また、入社・入学のための準備や心得
(4)卒業までに級友のためにできる学級での仕事の確認
生徒の気持ちを十分に配慮して学級経営に取り組み、仲間作りを発展させるようにしましょう。
Be⇒Do⇒Have
人は、何のために生きるのかという生きる目的には正解はありません。しかし、どんな自分でいたいのかという、自分の「あり方」を起点に考えると、やるべきことが見えてきます。
そこで、簡単なワークを紹介しましょう。
まず、自分が今、「欲しいもの(Have)」を書き出します。次に「やりたいこと(Do)」を書き出します。では、その結果、自分はどうなるか、「自分のあり方(Be)」を考えます。
たとえば、(Have)では、スポーツカー、高級腕時計、別荘など。(Do)では、ドライブ、高級パーティー、不動産投資など。その結果、(Be)では、金持ちになる、人から羨ましがられる、モテる、などがあげられるでしょうが、その程度で、あまりたくさん出てこないでしょう。
では、反対に、「あり方(Be)」⇒「やり方(Do)」⇒「持ち方(Have)」の順で考えてみましょう。
(Be)では、健康に生きる、感謝できる、自信をもつ、と書き出したら、(Do)では、早朝散歩をする、「ありがとう」を口癖にする、堂々と歩く。そして、(Have)では、万歩計、メッセージカード、歩きやすい靴、などと明確に出てくるでしょう。「あり方(Be)」がはっきりすると、ビジョンが明確になり、やるべきことが見えてきます。そうすると、今まで「欲しい」と思っていたものが色あせることもあるでしょう。
同じように、進路を選択する時、自分の学力から行ける高校や大学を選んでから、将来を考えようとすると、高校や大学でつまづくことがあります。
進路選択のコツは、ずばり、将来の青写真を作ることです。
自分が将来どんな人生を送りたいのか、どんな仕事に就きたいのか等、夢と希望を語れるようにすることです。そうすることで、必然的に、高校や大学も決まってきます。これが、「あり方(Be)」⇒「やり方(Do)」⇒「持ち方(Have)」の考え方です。
もちろん、人生には様々な出会いやトラブルがありますので、必ずしも、今、頭に描いた青写真のようになれるとは限りません。しかし、その方向に向かって進んだということが、自信にもなり、今の生活を充実させることにつながるのだと思います。
追指導
最後に、生徒たちが卒業後、新しく迎える生活によりよく適応し、進歩向上していくことができるように、追指導をしていくことを忘れてはいけません。追指導の方法には、訪問,招集,文書(電話を含む)などがありますが、公共職業安定所や就職先事業所、進学先高校との密接な連絡をもとに行うようにしましょう。追指導の結果は、中学校での進路指導の評価と改善に役立ち、在学生の指導にも生かすことができます。担任として、卒業後、少なくとも3年間は、係わった生徒の動向を見守るように努めたいものです。