-中学校から小学校体育への提言―
あらまし
平成21年度から新学習指導要領の移行措置がなされ、体育については、小学校から高等学校までの12年間を見通して指導内容の体系化がはかられた。中学校での体育指導については、小学校や高等学校とのつながりをこれまで以上に踏まえておかなければならない。
児童・生徒のからだや発育・発達,また、体力・運動能力の発達の特徴を踏まえて、どのような運動をいつ経験させるかということについては、「適時期」の研究が知られている。しかし、器械運動や水泳,武道,スキー・スケートなどについては、経験的に小学校の時期から始めた方が成果が高いと思われるが、立証されるデータに乏しい。
そこで、器械運動に焦点をあて、神戸市北区に存在する中学校17校の生徒全員(6,087名)を対象にアンケート調査を実施したところ、器械運動の好嫌が体育の好嫌に強く影響を及ぼしていることが判明した。また、男子は中学校になってからも多くの技を習得する可能性が高いが、女子は小学校での経験が大きく影響しており、中学校から新しい技を習得する可能性の低いことが示唆された。さらに、男女とも、倒立系の技は小学校での経験が大きく、中学校でパフォーマンスを高めるには多くの努力が必要であることが示された。
ところで、本校(A中学校)は3つの小学校区をもつが、生徒は主にD小学校とH小学校の2つの出身者で占められている。本校2年生(115名)はD小学校出身が57名(49.6%),H小学校出身が44名(41.9%)であるが、入学当初から体育に授業に対する取り組みや好嫌度に明確な差が認められていた。特に器械運動の出来映えに差が大きかった。これには小学校の体育授業における運動経験が影響していると考えられた。すなわち、H小学校出身の生徒たちは、偶然的に、ボール運動の経験は多かったが、マット運動や跳び箱運動,鉄棒運動などの経験が乏しく、身体操作能力がD小学校出身の生徒に比べると低いことが、よく多くの体育嫌いを生んでいると推察された。そこで、当該生徒たちに対して、中学入学後、様々な工夫を凝らした授業を行って、体育嫌いを少しでもなくそうと取り組んだ。特に、器械運動については、マット運動の技能向上を目指して2年間連続して取り組んだ。
その結果、中学2年生の1学期末には入学当初の体育嫌いは少なくなり、D小学校出身の生徒もH小学校出身の生徒も体育好きの割合が増えた。しかし、マット運動の出来映えでは、両者の差は縮まらなかった。特に男女とも、倒立関係の技は小学校での経験が大きく影響し、中学校でパフォーマンスを高めにくいことが認められた。このことから、神経系の発達の著しい小学校の時期においては、逆さ感覚など、身体操作能力を高める運動を十分にさせておくことが、重要であると考えられた。
はじめに
学習指導要領の改訂と体育科における小中高の系統的指導
平成20年3月、文部科学省は、学校教育法施行規則の一部改正と中学校学習指導要領の改訂を行った。新中学校学習指導要領8)は、平成24年度から全面的に実施することとしているが、平成21年度から移行措置として一部が先行して実施されている。
保健体育科においては、心と体を一体としてとらえることを引き続き重視するとともに、生涯にわたって健康を保持増進し、豊かなスポーツライフを実現することを目指し、「生涯にわたって運動に親しむ資質や能力の育成」,「健康の保持増進のための実践力の育成」,及び「体力の向上」の3つが相互に密接に関連していることを重視している9)。
また、中学校保健体育科体育分野の内容及び内容の取り扱いについては、①指導内容の体系化,②指導内容の明確化,③領域の取り上げ方の弾力化,④領域名称及び領域構成,⑤体つくり運動,⑥器械運動,⑦陸上競技,⑧水泳,⑨球技,⑩武道,⑪ダンス,⑫体育理論,⑬体力の向上との関連,⑭スキー,スケートや水辺活動など(野外活動),⑮能率的で安全な集団としての行動の仕方(集団行動),について、改善がなされている。
特に、①指導内容の体系化については、小学校から高等学校までの12年間を見通して、各種の運動の基礎を培う時期,多くの領域の学習を経験する時期,卒業後に少なくとも一つの運動やスポーツを継続することができるようにする時期といった発達の段階のまとまりを踏まえ、第1学年及び第2学年と,第3学年に分けて示されている。
すなわち、新中学校学習指導要領では、中学校保健体育科の学習内容は、小学5年から中学2年までと中学3年から高校3年までの2つに分けて指導されることになった。したがって、中学校での体育指導については、小学校や高等学校とのつながりをこれまで以上に踏まえておく必要がある。
適時期とレディネスについて
からだの発育・発達について、Scammonの発育曲線がよく知られている。ゼロ歳から20歳までの身体のそれぞれの発育割合を示した図であり、一般系型,神経系型,リンパ系型,生殖器系型の4つが示されている(図1)。
図1.スキャモンの発育曲線
体力や運動は、エネルギー発揮の様式からみると、筋力、スピード、持久力に区分できるが、体力や運動能力の発達も、Scammonの発育曲線と同じように、発達水準を成人比でみることができる。トレーニングを行う時期はその発達が最も顕著にみられる年齢が最も効果的であるとする考え方に従うとすれば、小学校段階ではスピードを中心に,高学年では持久走を加え、中学校では持久的運動に筋力要素を加え、高校期ではさらに高い筋力要素を加えた本格的なトレーニングを行うのが適切であると考えられる1)。
さて、児童・生徒のからだや発育・発達,また、体力・運動能力の発達の特徴を踏まえて、どのような運動をいつ経験させるかということについては、「適時期」の研究が知られている2)。
学習ができるような状態にあることを準備性(readiness)があるといい、そのような状態になる期間を準備期というのに対し、何らかの働きをしても学習の成立が困難になる時期を臨界期(critical period)というが、適時期とはその両者の間にあって、学習やトレーニングの効果が最も大きく出現する時期(optimum time,最適期,至適時ともいう)のことで、そのような状態になっていることを適時性があるという。図2は、これらの関係を模式図で示したものである。
図2.適時期の模式図
これまでの研究では、クラウチングスタート(山根16),1986),オーバーハンドスロー(奥野13),1989),竹馬乗り(後藤3),1991),リレー学習(伊藤4),1995),走り高跳び・はさみ跳び学習(川本5),1995),バレーボール学習開始(長井10)11),2002-3)などの適時期が明らかにされ、それぞれ、小学校・中学校の体育学習カリキュラムの構築に寄与してきている。
しかしながら、器械運動や水泳,武道,さらにはスキー・スケートなどについては、経験的に小学校の時期から始めた方が成果が高いと思われるが、立証されるまでの十分なデータは集まっていない。
中学校で体育を指導する際、小学校での運動経験を知っておくことは非常に重要である。また、生涯に渡って運動に親しむ資質や能力を育てるためにも、小学校で学習させ、習得させておきたい技能や運動能力を明らかにし、中学校で学習させたことを高等学校につなぐという一連の流れを作っておかなければならない。中学校の体育指導は、そのジョイント役として、小学校や高等学校に様々な提案をする立場にあると考えられる。
小学校における器械運動の運動経験
ところで、器械運動は、「できる」「できない」がはっきりとしており、中学生にとって、好き,嫌いに二分することの多い運動である。神経系の発達から考えると、小学校中学年から高学年に適時期が存在することが予想され、たとえば、発育の早い中学生女子に至っては、適時期を過ぎており、新しい技を覚えることにより多くの努力が必要と考えられる。
そこで、器械運動は中学校でどのように指導するべきかを探るために、神戸市立中学校教育研究会保健体育部会の協力を得て、小学校での運動経験を把握しながら、神戸市北区に所在する中学校17校の生徒全員(6,087名)を対象として、器械運動に関するアンケート調査を実施した(注1)。
その結果、いずれの学校・学年においても、体育の好嫌に対して、器械運動の方のポイントが低かった。また、多くの学校では、体育の好嫌度と器械運動の好嫌度に高い相関が認められ、機械運動の好嫌が体育の好嫌に強い影響を及ぼしていることが判明した。
さらに、小学校での経験が現在できる技にどの程度、影響しているかを調べるために相関を求めたところ、男女で差が認められた。すなわち、男子では、「倒立前転」「頭はねおき」「後転倒立」「前転」「前方転回」,女子では「後転倒立」「倒立前転」「伸膝後転」「首倒立」「開脚前転」「補助倒立」「開脚後転」「頭はねおき」「頭倒立」に高い相関が認められた。
これらのことから、男子は、中学校になってからも多くの技を習得する可能性が高いが、女子は小学校での経験が大きく影響しており、中学校から新しい技を習得する可能性の低いことが示唆された。特に男女とも、「倒立前転」や「後転倒立」などの倒立系の技は、小学校での経験が大きく、すでに臨界期に入っていると考えられ、中学校でパフォーマンスを高めるには、より多くの努力が必要であることが示された。しかし、「開脚前転」や「倒立前転」など、回転系の技については、学年が上がるにつれてできる生徒が増加しており、中学校の学習の成果が認められると考えられた。
また、マット運動と鉄棒運動や跳び箱運動とのできる割合の相関を調べてみたところ、いずれの学校・学年においても、マット運動の「できる」と答えた生徒が多いところは、鉄棒運動や跳び箱運動の経験の高い傾向が認められた。マット運動の出来は、鉄棒運動や跳び箱運動のパフォーマンスにも影響すると考えられ、マット運動は、器械運動の基本であり、欠かすことのできない種目となりうることが示唆された。
本校(65回生生徒)の体育授業への取り組み
ところで、本校(A中学校)は3つの小学校区をもつが、生徒は主にD小学校とH小学校の2つの出身者で占められている。本校2年生(115名)はD小学校出身が57名(49.6%)(以下、D群と略す),H小学校出身が44名(39.1%)(以下、H群と略す)であるが、入学してからの1年間の体育授業で感じたのは、特に器械運動の出来映えに非常に差が大きいということであった。1年生の2学期に実施した体育大会では、全校で組体操に取り組んだが、倒立のできない生徒が圧倒的にH群に多かった。
また、評価にも大きな差が認められ、1年生全学期の平均評定は、D群3.41(±0.93),H群3.02(±0.75),2年生1学期の平均評定は、D群3.46(±0.85),H群2.98(±0.88)で、いずれも優位に(1年全学期p>0.05,2年1学期p>0.01)、D小学校出身の生徒の方が高かった(図3)。
図3.1年全学期と2年1学期のD小学校、H小学校出身者別の評定分布
これらには小学校の体育授業における運動経験が影響していると考えられる。すなわち、H小学校出身の生徒たちは、偶然的に6年間、ボール運動の経験が豊富であったが、マット運動や跳び箱運動,鉄棒運動などの経験が乏しく、D小学校出身の生徒に比べると身体操作能力に劣ることが、よく多くの体育嫌いを生んでいると推察された。
そこで、当該生徒たちに対して、中学入学後、ルールを工夫したバレーボール(注2)や男女共習のハンドボール(注3),ベースボール型ゲーム(注4)などの球技,さらには、柔道(注5),創作ダンス(注6),グライドバタフライを取り入れた水泳(注7)など、様々な工夫を凝らした授業を行って、体育嫌いを少しでもなくそうという授業に取り組んだ。特に、器械運動については、マット運動の技能向上を目指して、2年間連続して取り組んだ。
本稿は、D小学校出身の生徒とH小学校出身の生徒のそれぞれの中学校2年間の体育授業への取り組みを比較・検討しながら、中学校体育の立場から小学校体育へのカリキュラムの提言を行うものである。
研究の取り組み
北区中学校の横断的調査
1学期末に、神戸市北区中学校17校の生徒全員6,087人を対象にアンケート調査を実施した。主な質問内容は、器械運動(マット運動,鉄棒運動,跳び箱運動)について、小学校での授業経験や,それぞれの技について現在の「できる」「できない」を問うものであった。また、体育や器械運動の好嫌度についても、調査をした。
アンケート集計は様々なクロス集計を行い、その結果をもとに、各校でその要因を探ろうとした。対象とした学校、生徒数は以下の通りであった(表1)。
表1.神戸市北区17校でアンケートを実施した生徒数(平成21年度) (人)
本校の縦断的調査
体育の目標は、「スポーツに自立する人間」,あるいは「運動を主体的にできる人間」を育てることであり、そのためには、「運動の好きな子ども」を育てることが重要である1」。目の前の子どもを体育の授業を通して「運動の好きな子」に変えるには、楽しい体育の授業が展開されなければならない。
体育授業における楽しさには、次の4つの楽しさがあるとされている14) 15)。
・「精一杯、全力を尽くして運動ができた。」【活動欲求】
・「今までできなかったことができるようになった。」【技術向上】
・「『あっ、わかった』とか『あっ、そうか』と思ったことがあった。」【発見工夫】
・「友だちと力をあわせて、仲良く学習することができた。」【協力・連帯】
そこで、単元終了後に、本校生全員を対象に、縦断的に2年間を継続してアンケート調査を実施した。アンケートの項目は、高田・小林6)の「よい体育授業への到達度評価」の4項目に、「体育の授業は楽しかったですか」の1項目を加え、それぞれについて5段階で評価させるとともに、その理由を自由記述させるように改変したものであった。
いずれも、便宜的に、「大変(好き・楽しかった・できた)」を5点,「まあまあ(好き・楽しかった・できた)」を4点,「ふつう」を3点,「あまり(好きでない・楽しくなかった・できなかった)」を2点,「全く(好きでない・楽しくなかった・できなかった)」を1点の段階点で、平均値および標準偏差を求めた。
結果および考察
北区中学校アンケート結果
体育の好嫌度と器械運動の好嫌度の関係について
「体育は好きですか」,「器械運動は好きですか」という問いに対して、「好き」「まあ好き」「あまり好きでない」「嫌い」の4段階で答えた結果を、学校別,学年別,男女別に比較し、さらに便宜的に、「好き」を4点,「まあ好き」を3点,「あまり好きでない」を2点,「嫌い」を1点の段階点で平均値を求めたところ、いずれの学校・学年でも、体育の好嫌に対して、器械運動の方のポイントが低かった。このことから、生徒たちにとって器械運動は体育授業の中でも好まれない種目であることが確認された。
次に、体育の好嫌度と器械運動の貢献度の相関関係を計算した。表2は、主な中学校別に相関係数を示した一覧表である。いずれの学校においても高い相関が認められた。このことは、体育の好き嫌いに器械運動の好き嫌いが影響しているということであり、器械運動の好きな生徒は、体育も好きで、反対に器械運動の嫌いな生徒は体育も嫌いという傾向のあることが示された。
表2.体育の好嫌度と器械運動の好嫌度の学校別相関係数
したがって、体育を好きな生徒を育てるには、器械運動を好きな生徒にすることが重要と考えられた。
小学校での経験と現在の技能について
図4は、アンケート結果を基に北区中学校の生徒全員のマット運動の小学校での経験と現在できる技能について、男女別・学年別に示したものである。
図4.神戸市北区中学校生徒のマット運動の小学校での経験と現在できる技能(男女別・学年別)
小学校で経験したことのある技では、「前転」,「後転」,「補助倒立」が、3年男子の補助倒立(78%)を除いて、男女とも、いずれの学年においても、80%を越えていた。
しかし、平成24年から全面実施される小学校学習指導要領7)のマット運動の基本的な技に示されている「首はねおき」については、中学1年生男子11%,同女子6%,2年生男子15%,同女子8%,3年生男子14%同女子8%と、非常に少なかった。
また、グラフには示していないが、跳び箱運動については、「開脚とび」については、男女とも、いずれの学年においても、90%を越える経験率であったが、基本的な技に示されている「首はね跳び」については、中学1年生男子18%,同女子10%,2年生男子22%,同じ女子12%,3年生男子18%,同女子11%と、少なかった。
さらに、鉄棒運動の「逆上がり」は、3年生男子の76%を除くと、その他では、いずれも85%を越える経験率であった。しかし、基本的な技に示されている「後方支持回転」や「前方支持回転」は、男女とも、いずれの学年においても、半分以下の経験率であった。
一方、現在できる技について、マット運動の倒立系の技においては、学年の優位差は認められなかった。このことは、倒立系の技は、中学校からの学習ではできるようになりにくい,すなわち、臨界期に入っていることを示唆している。しかし、「開脚前転」や「倒立前転」など、回転系の技については、学年が上がるにつれてできる生徒が増加しており、中学校の学習の成果が認められると考えられた。
続いて、小学校での経験が現在できる技にどの程度、影響しているかを調べるために、相関を求めたところ、男女で差が認められた。
その結果は次の通りであった。
〇男子で高い相関が認められた種目(相関係数の高い順)
「倒立前転」「頭はねおき」「後転倒立」「前転」「前方転回」
○女子で高い相関が認められた種目(相関係数の高い順)
「後転倒立」「倒立前転」「伸膝後転」「首倒立」「開脚前転」「補助倒立」「開脚後転」
「頭はねおき」「頭倒立」
●男子で相関の認められなかった種目
「補助倒立」「伸膝前転」「側転」「頭倒立」「開脚後転」「壁倒立」「後転」
●女子で相関の認められなかった種目
「前転」「壁倒立」
以上のことから、男子は、中学校になってからも多くの技を習得する可能性が高いが、女子は小学校での経験が大きく影響しており、中学校から新しい技を習得する可能性の低いことが認められた。
特に男女とも、倒立前転や後転倒立などの倒立関係の技は、小学校での経験が大きく、中学校でパフォーマンスを高めにくいことが示された。
本校生徒(65回生)の縦断的調査結果
小学校の体育授業について
図5は、小学校の体育授業についての感想をD小学校とH小学校の出身者別に示したものである。5段階の得点別にみると、D群3.57(±0.95),H群3.58(±1.03)で、顕著な差は認められなかった。
図5.小学校体育授業の思い出
ところが、小学校体育の思い出に残っている種目を調査(複数回答)したところ、D小学校の出身者は、球技(47%),器械運動(25%),組体操(21%),水泳(17%),陸上・マラソン(17%)など多種目に渡っているのに対し、H小学校では、球技が圧倒的(67%)で、他の種目で10%を超えるものが認められなかった。球技の中では、バレーボール(24%),サッカー(13%)が半数を占めており、H小学校では体育の授業のほとんどがバレーボールとサッカーであったことが伺われた。
また、「補助倒立」「倒立前転」「後転倒立」「後転とび(バック転)」「開脚跳び」「ハンドスプリング」「さか上がり」「けあがり」について、小学校での経験を調べたところ、ほとんどの技において、D群の方がH群よりも、豊かな経験をしていることが認められた。
中学校の体育授業について
図6は、中学1年終了時点と2年生1学期に実施したマット運動の授業終了後のアンケート調査の結果を出身小学校別に示したものである。
図6.中学1年終了時点と2年生1学期のマット運動終了後の授業アンケート結果
5段階の得点別にみると、中学1年終了時点では、D群3.66(±0.72),H群3.29(±0.76),2年生1学期のマット授業終了後では、D群3.89(±0.78 ),H群3.29(±0.94)と、いずれも優位な差(共にp>0.05)が認められ、D小学校出身の生徒の方が、中学校の体育授業を楽しめていることが認められた。
図7.中学校の体育授業で特に楽しかったと感じた種目
また、中学校1年間の授業を終えて、「特に楽しかった」と思う授業を3つあげさせたところ、D群ではバスケットボールが最も多く(53.6%)、ハンドボール(42.9%),水泳(33.9%),バレーボール(28.6%)と続き、器械運動が27.8%,持久走12.5%,神戸体操も8.9%などと多種目に渡っているのに対し、H群では、ハンドボール(46.7%),バレーボール(40.0%),水泳(40.0%),バスケットボール(40.0%)が上位を占め、器械運動では11.1%,持久走は皆無,神戸体操も2.2%に過ぎなかった(図7)。
表3.ハンドボール授業後の楽しさの内容
さらに、表3は、1年時に実施したハンドボールの授業後の楽しさの中身のアンケート調査結果を出身小学校別に示したものである。
ハンドボールは、中学校から始めた球技であり、いずれの小学校出身者も、授業の感想は「楽しかった」として上位にあげている。しかし、楽しさの中身には差異が認められた。
すなわち、D群,H群どちらも、授業は楽しかったという生徒が多く、「活動欲求」「技術向上」「協力・連絡」では大きな差は認められなかったが、「発見・工夫」において、H群の方がD群よりも優位に高値を示していた(P>0.01)。
生涯体育・スポーツにつながる「楽しさ」は、技能的特性に触れる「楽しさ体験」であり、「わかる」と「できる」が統一された貴重な運動体験が重要であることが指摘されている1) 14)。すなわち、「わかってできる」ようにさせる体育授業の展開が重要であると考えられる。ハンドボール授業終了後のアンケート結果を比較すると、『あっ、わかった!』とか『あっ、そうか!』という発見や『なるほど!』という感動体験を得たのは、明らかにD群の方であった。
これらのことから、中学校で同じ授業を受けたにもかかわらず、授業に対する楽しさにこのような差が認められるのは、小学校の運動経験が影響していると推察された。
マット運動の技の伸び
次に、中学校に入学してからできるようになったマット運動の技を調査したところ、小学校別の差は、ほとんど認められなかった。しかし、生徒たち自らが小学校と比べて伸びたと感じる割合は、D群3.64(±0.82),H群3.24(±1.03)で、優位にD群の方が伸びていると感じていた(P>0.05)(図8)。
図8.中学校でのマット運動の伸び
おわりに
最後に、H小学校出身のS君の事例を取り上げる。
S君は、入学当初、身長164cm,体重52kgのやせ型で、運動は苦手で、体育は「どちらかというと嫌い」であった。小学校時代の運動経験に乏しく、巧緻性にも欠けていた。
ちなみに中学1年時の体力テストでは、50m走:8.6秒,立ち幅跳び:180cm,ハンドボール投げ:22m,1500m走:8分00秒という結果であった。
中学1年生の体育大会の組体操で、倒立に取り組んだが、全くできなかった。そこで、毎日、放課後、倒立の特訓を行ったが、「小学校でも器械運動系の運動はやったことがなく、自分は倒立ができない。」という先入観がぬぐえず、意欲的に取り組むこともなかった。
そもそも、運動は、何度も失敗を重ねる中で、ある時、突然できるようになるものである。たとえば、逆上がりを覚えるにしても、練習回数とパフォーマンスは正比例の関係にあるのではなく、何度も失敗を重ねているうちに、ある瞬間、劇的にできるようになるのである。たとえば、逆上がりを覚えるにしても、練習回数とパフォーマンスは正比例の関係にあるのではなく、何度も失敗を重ねているうちに、ある瞬間、劇的にできるようになるのである。S君の場合、倒立ができないのは、筋力やバランスの問題ではなく、「自分は運動ができない」という思い込みが大きな要因であったので、学年集会で皆の見つめる前で何回かの練習をさせ、劇的に倒立のできるようになった瞬間を体験させた。生徒全員から拍手をもらったS君が、その後、どんな運動にも意欲的に取り組むようになったのはいうまでもない。
しかしながら、S君の運動技能,特にマット運動の技能は、それ以降さほど伸びなかった。S君にとって、小学校までの運動経験の乏しさが、中学校での運動技能の伸びの阻害要因になっていると考えられた。
中学校に入学してきてから同じ授業を受けてきたD群とH群の比較からも、小学校時に器械運動をはじめ、豊かな運動体験をしてきたD群の方が、中学校での体育授業を「わかって、できる」高いレベルで楽しむことができ、多種目に渡って運動技能を伸ばすことができていた。特にマット運動の出来映えでは、両群の差は縮まらなかった。さらにそれらが、評価の差にもつながっていた。
以上のことから、神経系の発達の著しい小学校の時期においては、逆さ感覚など、特に器械運動を通して身体操作能力を高める運動を十分に経験させておくこと,また、ボール運動だけに偏らず、豊かな運動体験をさせておくことが、重要であると考えられた。
昨今、「中1ギャップ」の問題がとりざたされているが、小中の綿密な連携による教育の継続性を企図することが、多くの問題の解決に有効といわれている12)。体育・スポーツに関しても、適時期を考慮し、子どもの発達課題に応じた運動をきちんとさせるような体育カリキュラムを編成しなければならないと考える。
引用・参考文献
1)後藤幸弘(1987)新学習指導要領と体育科の課題.体育と保健32:2-7.
2)後藤幸弘(1987)小・中学校段階での適時性の問題点について.体育と保健26:11-17.
3)後藤幸弘(1991)竹馬乗り学習の適時期に関する研究-習得・習熟課程の筋電図的分析ならびに練習による習得率の年齢差から-.スポーツ教育学研究,11巻1号,pp.9-23.
4)伊藤克仁・後藤幸弘・辻野昭(1994)陸上運動としてのリレー学習の適時期について-中・高学年児童を対象として-.日本教科教育学会誌,17巻1号,pp.11-21.
5)川本幸則・後藤幸弘(1995)児童期における走り高跳び(はさみ跳び)学習の適時期について.スポーツ教育学研究,15巻1号,pp.1-13.
6)小林篤(1978)体育の授業研究.大修館書店:東京,pp.233-239.
7)文部科学省(2008)小学校学習指導要領.東山書房:東京,Pp.237.
8)文部科学省(2008)中学校学習指導要領.東京書籍:東京,Pp.237.
9)文部科学省(2008)中学校学習指導要領解-保健体育科編-.東山書房:東京,pp.6-11.
10)長井功・後藤幸弘(2002)小学校4年生から中学3年生の学習成果の学年差からみたバレーボール学習開始の適時期について.大阪体育学研究40巻,pp.1-15.
11)長井功・後藤幸弘(2003)小学6年と中学1から学習した生徒の縦断的成果の比較からみたバレーボール学習開始の適時期.大阪体育学研究41巻,pp.7-17.
12)新潟県教育庁義務教育課(2010)中1ギャップ解消プログラム-中1ギャップの解消に向けて-,きょういくeye,開隆堂出版:東京,Vol.2-03(7号)
13)奥野暢通・後藤幸弘・辻野昭(1989)投運動学習の適時期に関する研究-小・中学生のオーバーハンドスローの練習効果から-.スポーツ教育学研究,9巻1号,pp.23-35.
14)D.シーデントップ・高橋健夫訳(1981)楽しい体育の創造.大修館書店:東京 pp.300-310.
15)高田典衛(1983)よい体育授業の構造.授業研究シリーズ(2).大修館書店:東京,pp.45-56.
16)山根文隆・後藤幸弘・辻野昭・梅野圭史・藤田定彦・田中譲(1986)クラウチングスタート法の適時性に関する基礎的研究-クラウチングスタート法による効果の年齢差-.第8回日本バイオメカニクス学会大会論集,8巻,14-20.
注釈
注1)アンケート結果は、平成21年度の神戸市中学校教育研究会保健体育部会の研究発表において、北区の中学校が主催となり、「小中高のつながりを踏まえた授業の展開」-学習レディネスに応じた学習内容の充実と指導の工夫-として発表した。
注2)チャンピオンシップを目指す正規のバレーボールのルールで行うと、中学生の初心者にとっては、なかなかラリーを続けることができず、ゲームを楽しむことができない。本来、バレーボールは、1896年にネイ・スミスが考案したバスケットボールの反省から、W.G.モルガンが老若男女が一緒に楽しめるスポーツとして考案したものである10)。そこで、まず、生徒たちに、「モルガンルール」を紹介しながら、ルールを工夫すれば、バレーボールのゲームを楽しむことができることを理解させた。
注3)ハンドボールを男女共習で行う場合、男女によるシュート力の差が大きいことが問題となる。試合中、女子がシュートしたボールは、男子のキーパーならほとんど得点にならない。反対に男子がシュートしたボールには、女子のキーパーはそのスピードに恐怖心をもってしまうことが多い。そこで、写真1のように、ゴールライン内側から2m入ったところ(すなわち4m)にラインをひき、女子はそこからシュートをしてもよいというルールを採用した。
そうすると、女子生徒が意欲的にシュートをするようになり、男子生徒もアシストに回って、女子のシュート成功を援助するなどのアシストプレーが頻出した。
その後、4mラインからシュートのできる女子の中には、スピードのあるシュートを打てる者もおり、いくら男子のキーパーが努力してもなかなか止めることができなかったことから、
「女子でもシュート力の優れた者は、6mラインからのシュートをすること」、
→「男子の中でもシュート力の劣る者は、4mラインからのシュートが可能」
→「4mラインからシュート可能な選手は、各チーム男女を問わず2名までとする。」,
→「4mラインに入ることができるのは3秒まで」
となり、生徒たちはお互いにルールを作って、ゲームを楽しめるように変容していった。その中で、サッカーのオフサイドやバスケットボールの制限地域のルールの意義や歴史も同時に学ばせることができた。
注4)平成24年度から実施される新中学校学習指導要領では、ベースボール型の球技が必修となっており、その代表的な種目として、ソフトボールを取り入れることが推奨されている。ソフトボールは、「走る」「跳ぶ」「投げる」「捕る」「打つ」といったヒトの基本動作を含み持ち、「腰の回転」という基本的な身体操作能力を習得することができ、また、一人ひとりが主役になれる可能性の高い集団的スポーツで、判断力や自発的な学習を創出させることのできることから、教材的価値の高いスポーツと考えられる6)。
我が国では、野球とともにソフトボールはポピュラーなスポーツでもある2)が、戦後これまで、中学校体育教材にベースボール型のスポーツは必修とされてこなかった。
その理由としては、広い場所を必要とすること。②運動量の確保が難しいこと。③グローブやバットなどの用具を必要とし、費用がかかること。④ゲームに時間がかかること。⑤安全性の問題,⑥技能の個人差が顕在化しやすく、「できる」「できない」によって好き嫌いがはっきりする。などがあげられよう。
そこで、これらのマイナスの要因を排除しつつ、ルールを工夫しながら、男女共習で行えるベースボール型ゲームを行った。
図9)ならベース
図10)フォースアウトプレイ・ベースボール
まず、使用ボールは、グローブを必要としないノーパンクボール(MIKASA製)を使用した。このボールは、素手でキャッチでき、指のひっかかりもあるので、カーブ等を投げたりすることもできる。しかも、ソフトテニスボールよりも安全である。また、金属バットを使用したが、打った後のバットを投げることを禁止とし、バッターが右手に持ってファーストまで走ることとした。
ルールは、「ならベース」(図9)や「フォースアウトプレイ・ベースボール」(図10)というゲームを生徒たちに紹介した。
これらのゲームは、①広い場所を必要とせず,②守備側も攻撃側も運動量の確保ができ,③グローブを必要とせず,④スピーディに,⑤安全に,⑥チームプレーや連携プレーが頻出し、全員がゲームを楽しむことができた。
注5)本校には武道場がなく、柔道着や畳もなかったので、体育の授業で柔道はなされていなかった。そこで、昨年より柔道着40着と畳50枚を購入し、体育館で柔道を行うことにした。
注6)創作ダンスについても、本校では何年間もなされていなかったので、北区ダンス発表会への参加を目標に、昨年から全学年、男女共習で、創作ダンスの授業に取り組んでいる。
注7)「生徒の泳力は、地域の文化レベルを示す」と言われるが、本校の生徒の多くは、幼少期からスイミングスクールに通った経験がなく、50mを完泳できる生徒は、どの学年も、半数に満たなかった。また、水泳嫌いから、授業を見学する生徒も多かった。
そこで、水泳授業のために特別時間割を組み、複数の教師で、「ドル平泳法」や「グライドバタフライ」を取り入れた指導を行い、泳力を高めた。また、夏休みには、水泳の苦手な生徒を対象に、補充授業を行うなどした。
その結果、2年後には水泳に関して興味をもつ生徒が増加し、水泳授業を見学する生徒は激減した。
なお、バタフライについては、平成24年度から実施される新学習指導要領から必須泳法として例示されており、平成23年の神戸市立中学校教育研究会保健体育部会の研究発表で、須磨区の中学校が中心となって発表する予定で、準備を進めている。