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日本の教育史・教科書(学習指導要領)から、これからの教育を考える。

タイトル 教育史・教科書
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日本人1000年の教科書

實語教(実語教)というのものを紹介しましょう。

この實語教(実語教)は、平安時代に作られ、約1000年にも渡って読み継がれてきました。現代でいう道徳用の教科書で、特に江戸時代には、寺子屋の教科書として使われていました。作者は、弘法大師とも言われていますが、確証はありません。しかし、福沢諭吉の「学問のススメ」にも實語教からの引用が見られるなど、日本人の価値観に深く関わっているとされる教訓書です。

子どもと声に出して読みたい「実語教」 日本人千年の教科書[本/雑誌] (単行本・ムック) / 齋藤孝/著

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※七覚支:仏道修行における7種の注意点(択法覚支・精進覚支・喜覚支・軽安覚支・捨覚支・定覚支・念覚支)

※八苦:生・老・病・死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦

※八正道:仏道修行の基本となる8種の徳(正見・正思惟・正語・正業・正命・

     正精進・正念・正定)

※十悪:してはいけない10種の悪行(貪欲・瞋恚・愚痴・綺語・両舌・悪口・妄語・                 殺生・偸盗・邪淫)

 最初は裕福であっても、終わりに貧しくなることもある。

この中の「八正道雖広 十悪人不往(八正の道は広しといえども十悪の人はゆかず)」というのは、「八正道は広大な教えだけれども、十悪を行う者にはできない」という意味です。

また、八正道とは、仏道修行の基本となる8種の徳(正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定)、十悪とは、してはいけない10種の悪行(貪欲・瞋恚・愚痴・綺語・両舌・悪口・妄語・殺生・偸盗・邪淫)です。十悪というから、さぞかし邪悪なことかと思いきや、誰でもやっているようなことばかりですね。

江戸時代、寺子屋の先生というのは、学力的なことはそれほど高くなかったようですが、人として尊敬に足りる立派な人ばかりで、大変、人望を集めていたといいます。普段から十悪をしないようにしていたので、子供に八正道を教えることができたのでしょう。現在の教師も、見習わなければいけないと思います。

学習指導要領の改訂にみる戦後教育の変遷

初刊行:平和と民主主義の教育

改 訂 日

1947年(昭和22年)

特  徴

アメリカ式「経験主義教育」

概  要

1947年に「教育基本法」と「学校教育法」が相次いで成立し、新しい学校制度が定められました。その新しい学校において教授される具体的な教育内容を示すガイドラインとして、アメリカの「Course of study」を参考にした最初の「学習指導要領・試案」でした。告示ではなく、あくまで「試案」で、「手引き」のようなものとして、現場の先生の創意工夫に任せるとされていました。

刊行内容

・一般編が刊行

・各編刊行

・家庭科・自由研究・体育科編が刊行

・各教科の授業時数を改めた。

刊行後の変化

当初は、アメリカ式の教育理念にもとづいた経験主義、児童中心の現場の創意工夫に任せる教育観でした。暫くすると、父母たちから、子どもの読み書き能力が下がっている等といった不満が出るようになり、アメリカ式の教育は日本に合わない、もっと知識を教えるべきという声が高まってきました。

第1回全面改訂:「教科課程」から「教育課程」へ

改 訂 日

1951年(昭和26年)

特  徴

初刊行の不十分な点を整備

概  要

最初の学習指導要領は短期間で作成されたもので不十分だった為、その点を整備する形で改訂が進められた。この改訂から「教育課程」という用語が用いられた。

刊行内容

・総授業時数を改正した。

・教科を4つに分類した。

・毛筆習字は,国語の一部として4年生から実施にした。

・自由研究を教科以外の活動とした。 ・道徳教育の役割を各教科にて明確にした。

刊行後の変化

この改定でも,経験主義や(生活)単元学習に偏り過ぎる傾向があり、各教科のもつ系統性を重視すべきではないかという問題がありました。また、授業時数の定め方に幅があり過ぎて、地域による学力差が目立ち基礎学力の充実が叫ばれるようになりました。

1950年の朝鮮戦争で日本の景気は大きく回復していき、1955年になって日本は高度経済成長期へと入っていきました。経済的にも復興してきているこの時期に児童中心の教育による子どもたちの学力低下が問題になりました。また、1950年代は大都市を中心に進学を目的とした学習塾が生まれてきた時期でもありました。

さらに、1957年には、ソビエト連邦が世界初の人工衛星「スプートニク」の打ち上げに成功するという事件が起こりました。ソ連と対立していたアメリカなどの西側諸国は大きなショックを受け、「ソ連に負ける」という危機感から、基礎学力の充実と科学技術教育を向上し、国際的な技術革新に負けない国にするための人材養成を求める声が高まってきました。

第2回全面改訂:国家基準性(法的拘束力)強化,「道徳の時間」を新設

改 訂 日

1958年~1960年(昭和33~35年)

特  徴

基礎学力の充実・科学技術教育の向上

概  要

基礎学力の充実、科学技術教育の向上、地理・歴史教育の充実などがされ、日本式知識伝達型教育が復活した。

「告示」となり法的拘束力を持つ

基礎学力の充実、科学技術教育の向上等(詰め込み教育のはじまり)

道徳の時間の新設

刊行内容

・道徳の時間を特設して,道徳教育を徹底して行うようにした。

・基礎学力の充実を図るために,国語,算数の授業時数を増やした。

・科学技術教育の向上を図るために,算数,理科の充実を図った。

・地理,歴史教育を充実改善した。

・情操の陶冶,身体の健康,安全の指導を充実した。

・小・中学校の教育の内容の一貫性を図った。   

・各教科の目標及び指導内容を精選し,基本的な事項の学習に重点を置いた。

・教育課程の最低基準を示し,義務教育の水準の維持を図った。

実 施 日

1961年(昭和36年)4月実施(小学校)

1962年(昭和37年)4月実施(中学校)

1963年(昭和38年)4月実施(高等学校) 

刊行後の変化

この改定により、大規模な学歴獲得競争を生み出すことになりました。この時期文部省は企業横断的な職業能力を養える環境を作り上げようとしていました。

しかし産業界は、高度な職業能力は必要とされず、一般的な能力を新卒労働力にもとめ、それが学校教育の内部にも偏差値に基づく能力主義が生成され、延いては学校間序列を生み出していくことになりました。

団塊の世代(1947年?1949年生まれの世代)が高校進学年齢となる1961年頃になると、学歴獲得競争は熾烈を極めていくこととなりました。公立学校では補習が行われ、学習塾も数多く作られていくことになります。

さらには、1966年頃から東京都で学校間の格差をなくすために用いられた「学校群制度(本人の希望にかかわりなく合格者を学校群内各校に振り分ける)」という制度が導入されたことにより、都立日比谷高校などの都立名門校への進学実績が落ち込み、それに替わって国立や私立高校、その附属中学が人気を集めることになっていきました。

第3回全面改訂: 教育内容の現代化 ⇒「つめニみ教育」へ

改 訂 日

1968年~1970年(昭和43~45年)

特  徴

教育内容のさらなる向上・増加

概  要

東京オリンピックが1964年に開催され、国民生活の向上、文化の発展、社会情勢の進展はめざましいものとなった。 また、1970年には、高度経済成長を遂げ世界第2位の経済大国となった日本の象徴的イベントとして、日本万国博覧会(大阪万博)が開催された。 日本の国際的地位も向上し果たすべき役割もますます大きくなっていった。そこで、教育内容の一層の向上を図り、時代の要請に応えるための改善を行う必要がでてきた。

この時期、文部省は行き過ぎた受験競争への警戒を強めていたが、一方で経済発展や科学技術の向上によって教科内容は、より高度になっていった。教育内容の更なる向上・増加により、最も学習量が多くなった。

刊行内容

・小学校の教育は,国民育成の基礎を養うものであるとした。

・人間形成の上から調和と統一のある教育課程の実現を図った

・時代の進展に対応した教育内容の導入(算数における集合の導入等)

実 施 日

1971年(昭和46年)4月実施(小学校)

1972年(昭和47年)4月実施(中学校)

1973年(昭和48年)4月実施(高等学校) 

刊行後の変化

この改定は、「教育内容の現代化」がスローガンとなり、教える内容はさらに増えました。これまで上の学年で勉強していた内容を下の学年で扱うようにするなどして、盛りだくさんになっていきました。内容が盛りだくさんになることで、一つの内容を教える時間はより短くなっていきました。

1973年には、第4次中東戦争でアラブ産油国が石油輸出を停止。原油価格が高騰しました(第一次オイルショック)。世界に衝撃を与えたこの危機は、20年近く続いた日本の高度経済成長を終わらせ大不況をもたらしました。

不況による先行きに対する不透明感は、親たちの不安をかきたて「学歴だけでも確保しておこう」と子ども達を学歴獲得競争へと追い込んでいきます。当時、高校進学率は90%を超えており「高校だけを卒業しても仕方がない、最低でも大学へ」という親たちの心情が、受験競争を激化させていきました。

小学生の塾通いもこの頃から目立ち始めました。

この学習内容の増加、高度化は、授業の進度が早すぎて一部の子どもしかついていけないという点で「新幹線授業」と批判されました。さらには学校の授業が理解できている子どもは、小学校で7割、中学校で5割、高校で3割程度しかいないという意味の「七五三」という言葉まで生まれました。

 「詰め込み教育」は、「落ちこぼれ」を生み出し社会的な問題へとなっていきました。

第4回全面改訂:ゆとりある充実した学校生活の実現

改 訂 日

1977年~1978年(昭和52~53年)

特  徴

ゆとり教育のはじまり

概  要

加熱した受験競争、落ちこぼれの続出の反省から、授業時間数が削減され、教師の自発的な創意工夫を加えた学習指導(ゆとりの時間)が導入された。

教育内容を精選し、各教科の標準授業時数を削減した。

刊行内容

・道徳教育や体育を一層重視

・教育内容を精選し,創造的な能力の育成を図る

・各教科の標準授業時数を削減

・教師の自発的な創意工夫を加えた学習指導が十分展開できるようにした。

実 施 日

1980年(昭和55年)4月実施(小学校)

1981年(昭和56年)4月実施(中学校)

1982年(昭和57年)4月実施(高等学校)

刊行後の変化

この改定のキーワードは、「ゆとり」でした。

国語、算数、理科、社会がそれぞれ週1時間ずつ削減されました。中学校では、英語の授業が週に1回減りました。時間は減って教科書も薄くなったのですが、教える内容はそれほど減らなかったので、教科書の記述が減り、かえってわかりにくくなりました。また教える内容はほぼ減っていないので、練習問題をする時間が削られました。中学校の英語の授業時間削減は、英語能力の低下として問題となってしまいます。

この改訂が行われた1977年は、大学の共通一次試験が導入された年でした。この共通一次試験により、高校入試の「偏差値」が大学入試にも浸透していくことになりました。

こうして、大学入試、高校入試、私立中学校入試、私立小学校入試という受験システムが完成し、都市部を中心に、私立中学受験をめざす小学生が増える結果となりました。

さらに、団塊ジュニア(1971年?1974年生まれの世代)が中学入試や高校人試の年齢に達すると、受験競争はより一層加熱していきました。

その一方で、底辺校では校内暴力の頻発やいじめの増加、不登校などの問題がより顕在化するようになってきました。

週に1時問「ゆとり」の時間が新設されましたが、国からの指示はなく、学校の裁量による指導用として自由に使っていい時間であった為、結果として多くの学校では、授業の補習用の時間として使われることとなってしまいました。

 結果として「ゆとり」路線はうまく機能せず、社会問題となっていた「受験競争」や「落ちこぼれ」の解決にはほとんど影響しませんでした。

第5回全面改訂: 社会の変化に自ら対応できる心豊かな人間の育成(個性教育)

改 訂 日

1989年(平成元年)

特  徴

心豊かな人間の育成

概  要

科学技術の進歩と経済の発展は,物質的な豊かさを生むとともに,情報化,国際化,価値観の多様化,核家族化,高齢化など,社会の各方面に大きな変化をもたらし、今後ますます拡大し,加速化することが予想された。

このような社会の変化に対応する観点から教育内容の見直しが行われ、「新学力観」が問われた。小学校に生活科を設定され、学校週5日制の導入された。また、「国旗」「国歌」の取ち扱いが明確化された。

刊行内容

・小学校1、2年生に社会及び理科は廃止。生活科を設定した

・小学校1年生の生活科は102単位時間,2年生は105単位時間をそれぞれ充てた。

・小学校1年生の国語の授業時数を34単位時間,2年生は35単位時間それぞれ増やした。

・中学校の技術家庭の選択領域「情報基礎」でプログラミングを学ぶことについて述べられ た。

・高等学校の数学の選択領域「数学A」「数学B」でプログラミングについて述べられた。

実 施 日

1992年(平成4年)4月実施(小学校)

1993年(平成5年)4月実施(中学校)

1994年(平成6年)4月実施(高等学校)

刊行後の変化

このときの改定では「新しい学力観」が提唱されました。子どもの学力とは、知識の量ではなく、「自ら学び、自ら考える」力だというものです。そして、「社会の変化に主体的に対応できる」子どもを育てようという方針を打ち出しました。

具体的には、授業態度や問題関心のあり方をみる「観点別評価」や、個人個人の到達度を評価する「絶対評価」が取り入れられることになりました。

また、学校でも週休二日にしたらいいのでは、という意見が強まり、1992年から月一回で「学校週五日制」を導入しました。

そして、1990年代はバブルが崩壊し、世の中は大不況の時代に突入しました。これまでに考えられなかったような大企業の倒産やリストラによる大量解雇は、終身雇用制や年功序列型賃金制度などの日本型経営を完全に崩壊させました。学校現場では「学級崩壊」や非行歴のない子どもの犯罪も大きな社会問題となりました。

第6回全面改訂:  「ゆとり教育」で基礎・基本と『生きる力』

改 訂 日

1998年~2000年(平成10~11年)

特  徴

「生きる力」の育成(ゆとり路線さらに強化)

概  要

ゆとりの中で「生きる力」をはぐくむことを重視し、完全学校週5日制の導入と教育内容の厳選が行われた。教育内容が厳選され、大幅に削減された。「総合的な学習の時間」を創設され、完全学校週5日制が実施された。

刊行内容

・小学校3年生以上に総合的な学習の時間を創設

・完全学校週5日制が実施

・小学校3年生以上においても合科的な指導を進める

・中学校の技術・家庭の選択項目「情報とコンピュータ」でプログラミングについて述べた。

・高等学校の数学の選択項目「数学B」と、情報の選択項目「情報B」でプログラミングについて述べた。

実 施 日

2002年(平成14年)4月実施(小学校)

2002年(平成14年)4月実施(中学校)

2003年(平成15年)4月実施(高等学校) 

刊行後の変化

今回の改訂では、「少年犯罪の凶悪化」や将来像を描けない子どもの増加を受けて、心の教育を重視し、これまでの「ゆとり」路線をさらに推し進め、授業時数も大幅に削減、それに伴って教える内容も3割削減して、今度こそ学校に「ゆとり」をもたらそうとしました。

そういった本格的な削減内容の学習指導要領の実施が近づいてくると、「円周率は3.14ではなく3になる」「台形の公式が教科書から消える」といった、広告などのあおりもあって、学力低下の不安感が高まっていき、導入目前になって「学力低下」論争へと発展して行くことになりました。

この論争は、最終的には「ゆとり」教育は学力低下になるということにされ、文科省は緊急アピール「学びのすすめ」を出し、そこで「確かな学力の向上」が訴えられ、また「学力低下」を危惧する保護者に対しても、学力が低下しないように最大限の努力をする旨が宣言されました。そして学習指導要領は予定通り実施されましました。

しかし、その後、いわゆる「PISAショック」により、学力低下批判が大きくなり、2003年(平成15年)に学習指導要領の基準性が明確化された。

第7回全面改訂:「ゆとり教育路線」政策からの脱却

改 訂 日

2008年~2009年(平成20~21年)

特  徴

「生きる力」の育成(脱ゆとり)

概  要

「生きる力」をはぐくむという理念のもと、知識や技能の習得とともに思考力・判断力・表現力などの育成が重視されていった。また、言語や理数の力などを育むための教育内容を充実させ、授業時数も増加させていった。さらに、小学校に外国語活動が導入された。

刊行内容

①授業の時間数が増加

<小学校の週あたりの時間数>

・国語・社会・算数・理科・体育の時数を10%程度増加

・コマ数を、低学年で週2コマ、中・高学年で週1コマ増加

<中学校の週あたりの時間数>

・国語・社会・数学・理科・外国語・保健体育の時数を実質10%程度増加

・週当たりのコマ数を各学年で週1コマ増加

②学ぶ内容が充実

・思考力・判断力・表現力を育みます

・理数の力を育みます(算数・数学、理科)

・伝統や文化に関する教育を充実します(国語、社会、算数、音楽、美術、技術・家庭)

・武道を必修化(保体/中1・2)

・総合的な学習の時間に地域の伝統と文化を追加(小)

・外国語教育を充実

小学校に外国語活動を導入、聞くこと、話すことを中心に指導(小5・6)

中学校では聞く・話す・読む・書く技能を総合的に充実(語数を増加〔900語程度まで→1200語程度〕、教材の題材を充実)

・道徳教育を充実

・体験活動を推進

・先人の伝記、自然など児童生徒が感動する魅力的な教材を充実

・道徳教育推進教師を中心とした指導体制を充実

・体験活動を充実(集団宿泊活動、自然体験活動、職場体験活動など)

・健やかな体を育てる。

・社会の進展に対応した教育を行う。

・中学校の技術・家庭の「技術分野」の中の必修項目としての「情報に関する技術」でプログラミングについて述べられた。

・高等学校の情報の選択項目「情報の科学」でプログラミングについて述べられた。

実 施 日

2011年(平成23年)4月実施(小学校)

2012年(平成24年)4月実施(中学校)

2013年(平成25年)4月実施(高等学校) 

刊行後の変化

結局、「ゆとり」教育によって学力が低下しているかどうかはわからないままでした。

この改訂では、小学校の授業時間は1割増加、小学校5、6年では新たに外国語活動が新設されました。一方、ゆとり教育の目玉だった総合的な学習の時間は、週1時間減らされました。

そして、2015年(平成27年)、道徳の教科化(「特別の教科」)がなされました。

第8回全面改訂: 生きる力 + 社会の変化を見据えた主体的・対話的で深い学び

改 訂 日

2017年~2018年(平成29~30年)

特  徴

「生きる力」の育成(新しい時代に必要な3つの柱を育む)

概  要

これまで大切にしてきた、子供たちに「生きる力」を育むという目標は変わることなく、社会の変化を見据え,新たな学びへと進化を目指した。

三つの柱を育む。

・アクティブ・ラーニングの視点からの授  

・カリキュラム・マネジメントの推進 

・小学校外国語科の新設等

刊行内容

①何ができるようになるのか?(資質・能力の三つの柱)

・学びに向かう力、人間性など

・知識及び技能

・思考力、判断力、表現力など

②どのように学ぶのか?(主体的・ 対話的で深い学び)

 主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)の視点から「何を学ぶか」だけでなく、「どのように学ぶか」も重視して授業を改善する。

③何を学ぶのか?

 小学校:外国語(5,6年)、特別の教科 道徳

 中学校:特別の教科 道徳

 高等学校:理数 総合的な探究の時間

④新たに取り組むこと,これからも重視することは?

 プログラミング教育、外国語教育、道徳教育、言語能力の育成、理数教育、伝統や文化に関する教育、主権者教育、消費者教育、特別支援教育

実 施 日

2020年(令和2年)4月実施(小学校)

2021年(令和3年)4月実施(中学校)

2022年(令和4年)4月実施(高等学校)

刊行後の変化

2022年(令和4年)現在、高校の新しい学習指導要領が4月から全面実施となりました。これで全ての教育段階で新しい学習指導要領がスタートを切ったことになります。

しかし、高校の全面実施の前に、内閣府の「教育・人材育成ワーキンググループ」では、次の改定の動きを見せているようです。これは、通例よりも早いそうです。恐らく、時代の変化が加速している為だといわれています。

学習指導要領は、これまで、およそ10年に一度改訂されてきました。学習指導要領は、文部科学省が全国の学校で一定の教育水準を保つために定める教育課程の基準であり、その改訂によって教科書なども変わります。

次の改訂は、2026年度中に中央教育審議会に諮問され、2030年度以降に小学校から順次実施される予定です。

教育界の現状

現在、日本は少子化が進み、教育行政にもなかなか予算もつかない中で、日本の教育界は、大変深刻な課題に直面しています。

●教員不足と教師の力量(指導力)低下

公立学校の教員採用倍率が過去最低を更新し続けています。中には、求人に対し、応募者が下回っているケースや合格しても辞退者が7割もいるような自治体があります。特に小学校では、深刻な人手不足が問題となっています。若い教員は定着しにくく、教職に魅力を感じない人が増加しています。

また、大学では、教育を専門に勉強しなくても教員免許の取得できるところが増え、専門性の低い教員が増えています。その上、教員採用試験倍率低下が拍車をかけ、教師の力量(指導力)低下が顕著になってきています。

教員だけではありません。管理職志望者も少なくなってきており、無試験で管理職になれる自治体が増えてきています。当然、管理職の資質低下も否めません。

●教員の働き方改革

教員の労働環境改善が求められており、勤務時間の削減や業務の効率化を進めようとしています。しかし、教員の仕事は減るどころか年々増加しており、そもそも1学級あたりの児童・生徒数が先進国の中で最低ランクであり、授業時間数も多いので、業務改善にはなかなか繋がっていません。

教員の長時間労働解消のために進められようとしているのは、部活動の外部委託や学校行事の精選、学級通信や保健だよりなどの廃止などであり、結局は教育サービスが低下しています。

●AI、ICT活用の格差

生成AIを活用した授業や校務支援が進んでおり、教育のデジタル化は加速しています。GIGAスクール構想で端末は整備されましたが、活用法に地域や学校間で差があります。教員のICTリテラシーを高めるために、教師の負担は増加する一方です。

●少子化による学校再編

少子化の影響で、小・中・高等学校の統廃合が余儀なくされています。また、かつてのドーナツ化現象から、職場に近い都心への人口移動によって、特に都市郊外地域や農村地域では、廃校にせざるを得ない学校が増加しています。

しかし、校区の拡大に伴う通学の困難さや地元意識の希薄化などの問題も発生し、統廃合は進んでいません。児童・生徒数が非常に少ない学校では、予算も少なく、教育の質が下がる傾向にあります。

また、1984年に23.6%だった日本の大学進学率は、2010年代にかけて急上昇し、2024年には過去最高の59.1%(約6割)に達しました。しかし、少子化により、2024年度の私立大学の定員割れ大学は354校で、全体の59.2%(約6割)を占めています。特に私立短大は91.5%とひどい状況です。大学も学部の再編・統廃合や共学化などの措置をしていますが、廃校に追いやられる大学が増加しています。

●多様性への対応の遅れ

少子化で児童・生徒数が減少しているにもかかわらず、特別支援学校や特別支援学級に通う児童・生徒数は増加しています。しかし、インクルーシブ教育の実践は限定的で、専門的な知識や技能を持ち、特別支援教育を担える教職員も不足しています。

また、発達障害、外国にルーツを持つ児童生徒、LGBTQ+などへの理解や対応も進んでいるとはいえません。

●教育・学力の格差拡大と評価の問題

オンライン教育の活用を進めていますが、地域や家庭の経済的背景による教育機会の不平等は、相変わらず減少していません。当然、児童・生徒の学力差は拡大されており、特に、都市部と地方、、また、裕福な家庭とそうでない家庭との教育環境の格差が課題となっています。

また、6-3-3-4制の進学制度に大きな改革がないので、相変わらず、テストや内申点に依存した評価が主流となっており、知識重視の授業や暗記が中心となっています。思考力・判断力・表現力など、21世紀型スキルの育成は不十分です。個性や努力、過程が評価されることも、殆どありません。

●いじめ問題、不登校など、児童生徒指導事案の増加

道徳の授業に教科書が採用され、必須となったにもかかわらず、児童・生徒たちは良好な人間関係を構築することが困難で、いじめ問題事案は一向に減少せず、深刻化しています。 

また、不登校児童生徒の数も年々増加しており、その受け皿や支援体制も十分ではありません。

さらに、保護者対応に時間を摂られることが多くなってきており、教職員は、益々、疲弊している状態です。

●キャリア教育・進路指導の不足

変化の激しい社会において、将来を見据えた教育を行うことが困難になっています。職業観や生き方を考える機会が限られています。

歴史教科書の歴史

大月短期大学教授の小山常実氏が、『歴史教科書の歴史』という著書を出されています。

要約してみましょう。

1.昭和53(1978)年頃から大きく左旋回した歴史教育

昭和53年(1978年)以降、歴史教科書の内容は急に変わりました。

一例をあげると、

●明治政府が定めた「四民平等」、つまり武士・農民・職人・商人の区別をなくすことを「新しい身分制度を作った」。

●天皇は、「すべての権力を一人で握った独裁者だった」と描かれた。

さらに、昭和57年(1982年)に起きた教科書問題の後にも、

●日本が外国と戦った戦争をすべて「侵略戦争」と書くようになった。

しかし、史実は、天皇は独裁者ではなく、日清戦争や日露戦争は侵略戦争ではありませんでした。

2.歴史教育を牛耳る第二世代ゾンビたち

日本は、第二次世界大戦の敗戦後、GHQの支配の下、共産党系の歴史学者が羽振りを利かせるようになりました。、世界の共産主義化を目指すソ連主導の国際組織「コミンテルン」の日本支部として作られた日本共産党は、その指導に従って、ソ連製の歴史の見方を唱えました。

戦争に負けた後、日本の歴史学界では、戦争前の歴史学が「悪いもの」として捨てられ、その結果、「明治維新は独裁的な改革だった」「天皇制は独裁体制だった」という考え方が、学界の主流になったのです。

この考え方で教育を受けた人たちが日教組を作り、どの教科書を使うかを決める、採択の権力を握りました。その結果、昭和53年(1978年)以降の教科書は、明治時代から昭和時代までの日本の政治や社会の仕組みを、すべて悪いものとして書くようになったのです。

国際社会ではソ連が滅び、共産主義は過去のものになったのに、日本の教育界ではゾンビにように、戦前の共産主義による歴史観が生き残っていたのでした。

3.中国と韓国による実質上の検定

昭和57年6月、朝日新聞が「教科書検定で、中国への『侵略』を『進出』と書き直させた」という誤報を流しました。文部省は「そういう事実はありません」と明らかにしていましたが、それを黙殺して、日本のマスコミが大騒ぎをし、中国政府までが日本政府に抗議してきました。

この誤報は、狙いすましたように鈴木善幸首相の訪中の直前に起こりました。宮沢喜一官房長官は事態を沈静するために、「教科書記述については、中国、韓国など近隣諸国の批判に耳を傾け、政府の責任において検定を是正する」という談話を発表してしまいます。これが「近隣諸国条項」で、一国の教科書の内容に他国のご意見を聞くという独立国としてあるまじきルールができてしまったのでした。

朝日新聞は、中国抗議のガセネタを提供し、それが誤報と判明してからも、明確に否定することなく、問題を煽り続けたのでした。

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日新公いろは歌

さて、次に、島津家中興の祖、島津 忠良が完成させたといわれる47首の歌「日新公いろは歌」を紹介しましょう。

子どもたちに…いにしへのいろはことば : 島津日新公いろは歌<並製版> [ 島津忠良 ]

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<豆知識>「いろは歌」

いろはにほへと ちりぬるを:

 歌の始まりで、ひらがな47文字を順に並べています。

わかよたれそ つねならむ:

 「我(わ)が世(よ)誰(たれ)ぞ常(つね)ならん」で、この世に生きる人は誰もがいつまでも生き続けることはできないことを示しています。

うゐのおくやま けふこえて:

 「有為(うい)の奥山(おくやま)今日(けふ)越えて」で、有為の奥山(苦しみや悩みの世)を今日乗り越えるという意味です。

あさきゆめみし ゑひもせす:

 「浅(あさ)き夢(ゆめ)見(み)じ 酔ひ(よい)もせす」で、悟りの世界では、浅い夢を見ることも、酔いしれることもないという意味です。

全体の意味:

 いろは歌は、花が散るようにこの世のすべては無常であることを教え、悟りの世界を目指すことを示唆しています。

この「日新公いろは歌」は、薩摩藩の「郷中教育」の基本となり、約470年間も使われてきました。

特に最初の句、

「いにしへの道を聞きても唱へても わが行に せずばかひなし」

という教えは、肝に銘じたいものです。

平安時代に作られ、約1000年間も読み継がれてきた實語教(実語教)にしろ、約470年間も使われてきた日新公いろは歌にしろ、長く日本の教育の根本となってきたものには、引き継がなければならない教えがたくさん書いてあります。

これらを切り捨て、GHQ主導の教育を「新教育」と謳ったのが、戦後の教育でした。その教育は、10年ごとに方針が右往左往し、現在、多くの課題を生むようになったのです。

これらの課題を解決するためには、抜本的な教育改革が必要です。それは、戦後教育からの反省であり、日本人が長く大切にしてきた教育から学び直すことから始めるべきだと思います。

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平安時代に作られ、約1000年にも渡って読み継がれてきた實語教(実語教)は、寺子屋の教科書として使われ、日本人の価値観に深く関わってきました。

また、島津家中興の祖、島津 忠良が完成させたといわれる47首の歌「日新公いろは歌」は、薩摩藩の「郷中教育」の基本となり、約470年間も使われてきました。

戦後、日本の教育は、敗戦からGHQ主導のもとに6-3-3-4制を取り入れ、学習指導要領に示されてきましたが、10年単位で改訂してきました。その変遷を振り返ってみましょう。

現在、日本の教育界は、大変、深刻な課題に直面しています。

●教員不足と教師の力量(指導力)低下

●教員の働き方改革

●AI、ICT活用の格差

●少子化による学校再編

●多様性への対応の遅れ

●教育・学力の格差拡大と評価の問題

●いじめ問題、不登校など、児童生徒指導事案の増加

●キャリア教育・進路指導の不足

これほど、多くの課題を抱えるようになったのは、根本的に戦後の教育に問題があったからではないでしょうか。これらの課題を解決するためには、抜本的な教育改革が必要です。それは、戦後教育からの反省であり、日本人が長く大切にしてきた教育から学び直すことから始めるべきだと思います。