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いじめを許さず、「共に生きる心」を育む指導

タイトル ATT委員会
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―A中学校のATT委員会の取組を通して―

はじめに

 平成18年10月以降、いじめにより児童生徒が自らその命を絶つという痛ましい事件が相次ぎ、いじめは大きな社会問題となった。その後、文科省は「いじめの定義」の見直しを図り、「学校におけるいじめ問題に関する基本的認識と取組のポイント」を出している。その中で、「いじめは家庭教育の在り方に大きな関わりを有している」と明記されている。    

 しかし、家庭教育力が弱くなっている現在、いじめのない社会を形成するためには、家庭の深い愛情や精神的な支え,信頼に基づく厳しさ,親子の会話や触れ合いの確保などを、学校が主体性をもって指導していく視点が必要であろう。そして、児童生徒のいじめ未然防止のために最も大切なことは、「いじめの土壌」を排除し、いじめが発生しないような雰囲気を学校の内外に作ることだと考える。

 さて、筆者は、平成21年、ある政令都市のA中学校に転勤した。転勤してすぐ、A中学校は「いじめの土壌」の多い学校だと感じた。

 まず、教師集団の中にグループがあり、教師同士が互いに攻撃・非難し合う関係であった。また、部活動では、男子バレーボール部や吹奏楽部が過去に全国大会に出場しており、その他の部活動も毎日休みもなく、厳しい練習がなされていたので、教師も生徒も疲労でストレスを溜めていた。しかも、2年前に男子バレーボール部では練習後に生徒がプールに飛び込んで頸椎を損傷する事故が発生していたり、写メールで部員の下半身を撮影してばらまくなどのいじめ事件が起こったりしていたので、「バレー部に入ったら殺される」や「いじめられる」というような噂が地域に広まっていた。

 実は、A中学校では、平成元年に生徒が自宅で首吊り自殺をしており、当初は成績を苦にしての自殺だとみられていたが、市の教育委員会では部活動を休んだことをきっかけに友人から再三暴行を受けていたといういじめの事実を掴んでいたようであった。しかし、学校側は委員会に報告をしていなかったという事件が発生しており、それから20年がたった今でもネット上にあげられ、地域や保護者からの学校への信頼は、失われたままであった。

 本論文では、筆者がA中学校で平成24年から生徒指導担当としていじめ防止に取り組んだ実践例を取り上げる。

校区の生徒指導上の問題と特徴

①ひとり親と若い親の家庭の多い地域

 平成23年度の生徒のデータをみると、父親欠損率は、1年生27.4%,2年生27.8%,3年生30.7%であり、母親欠損率は、1年生4.7%,2年生1.3%,3年生7.9%であった。父親の欠損率が多く、母親のいない家庭も少なくないことがわかる。また、父親の平均年齢は1年44.0歳,2年44.2歳,3年45.3歳,母親は1年41.7歳,2年42.1歳,3年42.5歳と若く、中には、29歳の父親や25歳の母親もいた。

 世代別・学年別にみると、昭和43~45年生まれの「校内暴力後期」の世代から昭和46年~49年生まれの「第二次団塊世代」といわれる世代に移行が進んでいる。この第二次団塊世代は、生徒間暴力・殺人・いじめが多く発生し、学級崩壊・不登校・自殺未遂の経験の多い世代だといわれている。

②父親の影響力

 教師が家庭訪問をしても、父親が出てくることはほとんどなく、総じて父親の影響力の弱い家庭が多い。  

 その一端は、いわゆる「姉さん女房」の率が約2割いることからも伺える。「姉さん女房」の割合は、1年17.4%,2年19.8%,3年19.0%であり、最高年齢差は21歳であった。

③経済力

 生徒の多く(約6割)は、賃貸住宅UR(旧公団)に在住している。また、就学援助・生活保護率は、1年27.2%,2年30.2%,3年36.7%と高く、塾に通っている生徒は、1年45.7%,2年41.2%,3年46.6%など、半数にも満たない。

 また、兄弟姉妹数の平均は2.4人で、3人以上の兄弟姉妹のいる家庭も 37.5%(最高8人)など、兄弟姉妹の数が多く、経済的に苦しい家庭の多い地域である。

 その他、本校卒業生である親が多いこと,生徒たちの男女交遊が盛んであることも特徴的である。いわゆる不純異性交遊も多く、中学卒業後にすぐに出産をする生徒もいるため、若い母親が多い。

年度当初の問題行動といじめ事件

 平成24年4月当初、生徒同士のいじめ・暴力・けんかなど、トラブルが頻出し、保護者からのクレームが相次いだ。

 その一例をあげると、2年生のテニス部に所属していたB子は、体育委員に立候補したが、授業に遅刻したり、大きな声で号令をかけなかったりするので、バレーボール部のC子が不満を言うようになり、その後、女子テニス部と女子バレーボール部同士のけんかに発展した。互いの事情を聞いて指導している最中、B子の母親は、娘がいじめにあっていると勝手な判断をし、卒業生ら数人を引き連れて授業中に校舎内を徘徊し、けんかをしている相手を探し出そうとするなどの行為を行った。

 B子の家は母子家庭で、母親が10代でB子を出産している。母親のバックには、学校に不満をもつ祖母や近所の若い母親がいた。母親はA中学校の卒業生であり、かつて教師に体罰を含む指導をよく受けたようであった。

 また、10数名いた不登校生の保護者と個々に面接をすると、一様に学校不信の声を耳にした。中にはいじめが原因と考えられるケースもあったが、いずれも、それまで不登校を理由に、ほとんど個別の指導がなされないままにされていた。

いじめ撲滅への取り組み

①「ATT」特別委員会の設置

 平成24年5月上旬、校長以下、各学年の生徒指導係,養護教諭.若手教員の他、前年度休職していた2名の教員にも入ってもらい、「ATT1)」特別委員会を組織して、いじめや暴力の撲滅,豊かな人間関係処理能力やコミュニケーション能力を育む教育プロジェクトを開始した。

 そこでの話し合いで、生徒や保護者、そして教師に対して、いじめ撲滅の具体的な方策を提示した。

②「いじめの土壌」排除への試み

 まず、担任にお願いをし、好きな者同士や出身小学校別のグループ化を禁止した。

 それまで多くの学年で、班や係の決定はすべて教師の一存でなされていた。「EさんとFさんは小学校の時から仲が悪いから、一緒の班にはできない。」「G君とH君は、昨年、けんかをしたことがあるから、別々の組にする。」といった具合である。したがって、学級や班の編成は、いつも好きな者同士や気の合う者同士になっていた。A中学校は3つの小学校から生徒が集まっており、出身小学校で生徒同士が対立することも多かった。義務教育期には、幅広く、様々な人と交流をさせることが必要であり、まず、担任の意識を変えることに一番先に取り組んだ。

 次に、生徒に対しては、いじめの土壌を排除するために、いくつかの禁止事項を設けた。好きか嫌いかで人を判断しないなどの「デジタル(両価性)思考」や自分の欲求不満の原因を他人のせいにするなどの「他罰的思考」を禁止事項とした。これらは、道徳の時間を活用し、学年に応じた教材を用意して、生徒に徹底させた。

 さらに、生徒同士、スキンシップだといって身体に触れ合うことからけんかやトラブルになっているケースも多かったので、生徒同士の身体接触を禁止し、いわゆる「人間(じんかん)距離」を保つ指導をした。

 これらの他、あだ名や呼び捨てを禁止し、授業中は○○君、□□さんと呼ぶようにして言語環境の向上に努め、言葉遣いの指導やあいさつ指導も機会をみては行うようにした。

③共生意識を高め、「人間関係」を豊かにする力を身につける指導

 生徒たちの共生意識を高め、人間関係を豊かにする力を身につけるために、まず、「でも・だって・どうせ」という「3D言葉」を禁句とし、素直な心を育むとともに、あいさつ運動を推進する中で、仲間意識の向上を目指した。

 禁句3D「でも・だって・どうせ」は、校内にいたる所に掲示をし、生徒が教師から指導を受けた時に即答で言うことを禁じた。この取組の結果、生徒たちは、教師の指導に対し、目に見えて劇的な変化を遂げ、素直な心で教師の話を聞くようになった。 

また、あいさつ運動は、小中連携の取り組みとして、毎朝、週番の生徒たちを近隣の児童と一緒に通学路に立たせ、実施した。

 さらに、人間関係を豊かにするための意識として、「友を持つ(to  have)」ではなく、「友と共にある(to  be)」姿勢を学ばせた。「友達を持つ」ということは、友を自分の都合のよい存在と考える姿勢であり、大変危険なことであるという話をし、友情とは自分本位のものであっては長続きせず、共に喜び合い、助け合い、ただ共にあることで幸せと感じるものである2)ということを、機会があるごとに生徒たちに訴えかけた。

 豊かな人間関係を築くためには、礼儀作法を学ぶことも必要であると考え、集会指導で礼儀作法の指導も重視した。

これらの取り組みの中で、生徒たちは、次第に仲間意識も向上させていった。

④生徒会によるいじめ撲滅キャンペーン

 続いて、生徒会役員を動かし、いじめ撲滅キャンペーンとして、いじめ防止のスローガンを募集したり、人権作文集を作成したりした。

いじめ防止スローガンは生徒による投票で10作品を決め、全校表彰をするとともに、ポスターにして、学校内外に掲示した。人権作文集は、いじめや人権に関する意見を活字とすることで、いじめをしない宣言書にもなり、効果があった。

 夏休みには、「心のポスター」の作成と保護司協会の「社会を明るくする運動の作文コンテスト」を生徒全員に課題としたり、地域のボランティア活動への参加を積極的にするように働きかけたりするなどして、長期休業中もいじめ撲滅キャンペーンを推進した。

⑤保護者の再教育と担任教師の研修

 望ましい親行動や保護者としての成長を支援するために、保護者の再教育、いわゆる「親教育」にも力を入れた。家庭教育支援,親子の対話指導として、学校独自の家庭教育パンフを配布したり、ホームページを利用して、保護者への啓蒙に努めたりした。

 また、担任教師には、保護者と直接会ってよく話をすること,授業参観や学級懇談会の機会を有効に利用すること,学級通信や学年だよりを定期的に発行することなどを義務化し、通知表の所見や個別保護者会の内容についての共通理解を深めるようにした。

 次第に教師たちは、クレームを言う「困った親」は「困っている親」だという認識を持つようになり、クレームは信頼に変える最大のチャンスだと捉える雰囲気が生まれた。

⑥生徒指導だよりの発行

 不定期であったが、生徒指導担当の思いを共通理解してもらうために、生徒指導だよりを全職員に向けて発行した。共通理解や情報共有の場となり、時には研修の場にもなった。

職員の指導態勢と具体行動(共通理解)

 市では、いじめ防止三原則『するを許さず』『されるを責めず』『第三者なし』というスローガンを設定しているが、これをポスターで教室や廊下に掲示し、集会や学級指導で徹底するようにするとともに、「いじめ防止A中三原則」というのを作成した。

 これは、

①いじめはストレス発散の一方法である。』

だから、健全なストレス発散を考えよ。

②『いじめは伝染する。』

だから、自分がいじめの伝染を断ち切れ。

③『いじめは太陽・公を嫌う。』

だから、いじめられたと何度も訴えよ。

というもので、「いじめは幼児性の現れ」ということを生徒たちに理解させる指導のためのスローガンとした。

 このように、「ATT」特別委員会を設置し、いじめの土壌排除のために様々な提案をし実践するにあたって、何より教師の協力性が必要であった。そのために、A中学校の場合、教師同士の人間関係や部活動の指導のあり方の改善が絶対必要条件でもあった。これらの取り組みは、生徒や保護者を対象としたものと名打って実施したが、実は教師自身を対象に企図されたものでもあったと思う。

成果と今後の課題

 表1は、A中学校の平成24年度の問題行動の月別件数を示したものである。

 ATT特別委員会設置後、問題行動件数と保護者からのクレームは劇的に減少した。けんか・暴力・いじめの件数は4月40件、5月17件あったが、7月と9月は0件であった。

 ただ、「人の噂も75日」といわれるように、いじめ指導には、継続・反復指導が必要である。2学期、学校行事に追われて、いじめ指導に力を注がなかったため、10月に1件、11月は2件のいじめ事件が発生した。その反省をもとに、11月にATT特別委員会を再開したところ、12月以降、再び落ち着いた学校状態になった。

 一方、教師同士の人間関係や部活動の指導のあり方も、大きく改善できた。職員室での会話ひとつにしても、互いに非難し合うことはなくなり、教師同士が仲良くなった。職員スポーツ大会に出場し、職員テニスでは市内で優勝もした。「子は親の鏡」という格言があるように、「生徒は教師の鏡」である。教師の姿勢や指導が変われば、生徒が変わるのは当然のことであろう。

 結果的に、A中学校のATT特別委員会は、校内いじめ問題対策委員会とOJT推進委員会の機能を兼ね、教師集団を変え、いじめの土壌を排除し、いじめが発生しないような雰囲気を学校の内外に作ることに大きく貢献できたと考えられた。

注釈

注1)「ATT」とは、あかるく、たのしく、人のためになってはたらく(傍を楽にする)という意味で佐藤綾子氏が、その著「ひとり上手は100人上手!―だれも気づかなかった幸せづくりの心理学」(主婦の友社)で述べている。

注2)「友を持とうとするな。友と共にあれ。」とは、不登校の生徒と向き合い、「6000人を一瞬で変えたひと言」(サンマーク出版)の著者である師友塾塾長、大越俊夫氏の言葉である。「友を持つ」ということは、友を自分の都合のよい存在と考える姿勢であり、大変危険なことであるという話をし、友情とは自分本位では長続きせず、共に喜び合い、助け合い、ただ共にあることで幸せと感じるものであるということを生徒たちにも訴えた。

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