~神戸市内の3中学校の「ATT委員会」実践例より~
はじめに
平成18年以降、いじめにより児童生徒が自らその命を絶つという痛ましい事件が相次ぎ、いじめは大きな社会問題となった。その後、文科省は「いじめの定義」の見直しを図り、2006年(平成18年)度、文部科学省による「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」において、いじめは「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」と定義され、起こった場所は学校の内外を問わない、個々の行為が『いじめ』に当たるか否かの判断は表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする、とされた。
また、平成25年のいじめ防止対策推進法においても同様の定義がなされ、インターネットを通じて行われる心理的又は物理的な影響を与える行為もいじめとみなしている。
さらに、文科省の出している「学校におけるいじめ問題に関する基本的認識と取組のポイント」の中には、「いじめは家庭教育の在り方に大きな関わりを有している」と明記されている。
しかし、家庭教育力の弱くなっている現在、いじめのない社会を形成するためには、家庭の深い愛情や精神的な支え,信頼に基づく厳しさ,親子の会話や触れ合いの確保などを、学校が主体性をもって指導していく視点が必要であろう。そして、児童生徒のいじめ未然防止のために最も大切なことは、「いじめの土壌」を排除し、いじめが発生しないような雰囲気を学校の内外に作ることだと考える。
本稿では、平成21年から私が生徒指導担当および教頭として勤務してきた、神戸市内のA中学校、T中学校、M中学校の3つの学校におけるいじめ問題を比較・検証しながら、その解決に取り組んできた実践から、いじめの発生要因を探り、防止策について提案をしたい。
3校の実態
A中学校の実態
A中学校は、かつては各学年10クラスを超えたマンモス校で、創立70年を迎える伝統校である。しかし、現在は、各学年3クラス程度に生徒数が激減している。部活動が盛んで、男子バレーボール部や吹奏楽部が過去に全国大会に出場し、その他の部も毎日休みもなく、厳しい練習がなされていた。教師も生徒も疲労でストレスを溜めており、教師集団の中にはいくつかのグループがあって、教師同士が互いに攻撃・非難し合う関係にあった。
また、男子バレーボール部の生徒が練習後にプールに飛び込んで頸椎を損傷する事故が発生したり、写メールで部員の下半身を撮影してばらまくなどのいじめ事件が起こったりしており、「バレー部に入ったら殺される」や「いじめられる」という噂が地域に広まっていた。
さらに、A中学校では1989年に生徒が自宅で首吊り自殺をしており、当初は成績を苦にしての自殺だとみられていたが、市教委は部活動を休んだことをきっかけに友人から再三暴行を受けていたといういじめの事実を掴んでいたにもかかわらず、学校側は市教委に報告をしていなかったという事件が発生しており、それから20年たっても、地域や保護者からの学校への信頼は失われたままであった。
平成23年度のデータをみると、父親欠損率は、1年生27.4%,2年生27.8%,3年生30.7%であり、母親欠損率は、1年生4.7%,2年生1.3%,3年生7.9%であった。父親の欠損率が高く、母親のいない家庭も少なくない。教師が家庭訪問をしても、父親が出てくることはほとんどなく、総じて父親の影響力の弱い家庭が多い。その一端は姉さん女房の率が2割以上いることからも伺える。
生徒の多く(約8割)は、築30年を越える老朽化の激しい賃貸住宅UR(旧公団)に在住している。保護者の収入は概して低く、就学援助・生活保護率は1年27.2%,2年30.2%,3年36.7%と高く、塾に通っている生徒も1年45.7%,2年41.2%,3年46.6%など、半数にも満たない。
また、兄弟姉妹数の平均は2.4人で、3人以上の兄弟姉妹のいる家庭も 37.5%(最高8人)など、兄弟姉妹の数が多く、経済的に苦しい家庭の多い地域である。
その他、A中学校の卒業生の親が多いこと,生徒たちの男女交遊が盛んであることも特徴的である。いわゆる不純異性交遊が多く、中学卒業後にすぐに出産をする生徒もいるため、若い母親が非常に多い。
さらに、10数名いた不登校生の保護者と個々に面接をすると、一様に学校不信の声を耳にした。中にはいじめが原因と考えられるケースもあったが、いずれも、それまで不登校を理由に指導がなされないままにされていた。
T中学校の実態
T中学校は、高級住宅街のN小学校区と被差別地区を抱えるY小学校区の両方をもち、様々な生徒指導上の問題を抱える学校である。近年、大麻所有で生徒が逮捕されたり、対教師暴力も発生したりしている。部活動は盛んであるが、若い教師が熱心に活動をしているので、不平・不満は少なく、活動がなされている。教師集団は一つにまとまろうという雰囲気があり、様々な学校行事にも工夫を凝らして取り組んでいる。
また、地域、保護者は学校に協力的で、特にPTAは、花一輪活動をしたり、餅つきや炊き出しなどの行事をするなど、熱心に学校をバックアップしてくれている。
平成26年度のデータをみると、父親欠損率は、1年生17.6%,2年生15.1%,3年生19.9%であり、母親欠損率は、1年生1.1%,2年生1.8%,3年生1.7%であった。
また、就学援助・生活保護率は、1年30.7%,2年29.5%,3年29.3%と高く、不登校生数も比較的多い方であった。
M中学校の実態
創立30周年を迎える比較的新しい学校である。生徒数は900人を超え、狭い校地に生徒が溢れているという感じである。校区は、阪神淡路大震災で大きな被害を受け、その後、地価の高い所に新しいマンションが建設された地域なので、経済的に恵まれた家庭が多い。
部活動は盛んであるが、若い教師が非常に多いので、指導経験の浅いことによるトラブルが再三発生している。また、活動場所の関係で部活動の数が少なく、各部とも多くの部員を抱えていることもあって、生徒や保護者からの部活動に対する不満やクレームが多い。
PTA活動は盛んで、学校に協力的であるが、学校に対する要求が高い。また、地域からの学校に対する要求やクレームも多い。
平成27年度のデータをみると、父親欠損率は、1年生14.1%,2年生4.7%,3年生9.4%であり、母親の欠損家庭は殆ど皆無であった。
また、就学援助・生活保護率は、1年14.0%,2年12.1%,3年13.8%と少ない。不登校生や生徒指導の問題件数も全体的には少ないが、いじめ件数は学年によってやや多い。
教師間は学年セクトが強く、他学年や他の部活動の指導に干渉することもない。学年によっては、学年間の教師の中で、指導をめぐって意見の対立があり、いがみ合いが発生している。
いじめ撲滅への取り組み
いずれの学校においても、就任1年目の実態を踏まえ、就任2年目にいじめ対策の特別委員会を設置した。この特別委員会は、「ATT1)」特別委員会と名付け、校長以下、各学年の生徒指導係,養護教諭.若手教員の他、これまで心因的な要因で休職した教員等にも入ってもらい、いじめ・暴力の撲滅を目指し、豊かな人間関係処理能力やコミュニケーション能力を育む教育プロジェクトを開始した。そこでの話し合いで、生徒や保護者、そして教師に対して、いじめ撲滅の具体的な方策を提示した。次にその主な方策を示す。
「いじめの土壌」排除への試み
①好きな者同士や出身小学校別のグループ化を禁止
②禁止事項の設定
・「デジタル(両価性)思考」(好きか嫌いかで人を判断しない。)
・「他罰的思考」(自分の欲求不満の原因を他人のせいにする。)
・生徒同士の安易な身体接触(スキンシップ)をしない。
・あだ名や呼び捨てで生徒を呼ばない。
・「3D言葉」(「でも」・「だって」・「どうせ」)を口にしない。
道徳の時間の活用
①仲間意識の向上
②共生意識を向上
③礼儀作法の指導
④人間関係を豊かにする力を身につける指導2)
生徒会によるいじめ撲滅キャンペーン
①あいさつ運動の実施
②いじめ防止スローガン作成
③人権意識を高める「心のポスター」作成
④保護司協会「社会を明るくする運動の作文コンテスト」募集
⑤地域のボランティア活動への参加
保護者の再教育
①親行動や保護者としての成長を支援する教育
②家庭教育の支援
③親子の対話指導
④家庭教育パンフの配布
⑤家庭訪問(保護者と直接会ってよく話をすること)の習慣化
⑥授業参観や学級懇談会の機会の有効な活用
⑦学級通信や学年だよりの定期的な発行
⑧生徒指導だよりの発行
成果と課題
表1は、各校の就任前年から3年間の実態をまとめたものである。
表1.A中学校、T中学校、M中学校での3年間の実態の比較
就任2年目に設置したいじめ対策特別委員会(ATT特別委員会)は、特にA中学校において、いじめ件数が減少するなど劇的な成果があった。何より生徒指導部を中心に教師の共通理解が深まり、まとまりが出てきた。教師同士の人間関係や部活動の指導のあり方も大きく改善できた。職員室での会話ひとつにしても、互いに非難し合うことはなくなり、教師同士が仲良くなった。家庭の教育力は低く、生徒の欲求不満耐性の習得は不十分のままであったが、生徒同士のトラブルが目に見えて減ったのは、教師の姿勢や指導が変わったからであろう。「子は親の鏡」という格言があるように、「生徒は教師の鏡」であることを実感した。
次に、T中学校では、規範意識の欠如から生徒指導上の問題件数は多かった。
しかし、PTAをはじめ、地域が大変協力的であり、生徒指導体制が確立されていたこともあって、いじめ件数はほとんどなかった。ただ、リーダー的教師の指導がやや高圧的であったため、不登校生徒の多い傾向があった。
また、T中学校では、ATT特別委員会を立ち上げるまでもなく、A中学校で実施した方策のほとんどは既になされていた。ただ、ATT特別委員会設置後、生徒同士の人間関係等には大きな変化は認められなかったが、保護者の再教育という面では成果があった。親子の対話など、家庭教育に関するパンフの配布などによって、保護者がより学校教育にも関心を持つようになり、学校行事や授業参観への保護者参加数は大幅に増加した。
一方、M中学校では、ATT特別委員会設置後、地域からのクレームが少なくなり、落ち着いた雰囲気を保つことができた。教師たちも、クレームを言う「困った親」は「困っている親」だという認識を持つようになり、クレームは信頼に変える最大のチャンスだと捉える雰囲気が生まれた。しかし、肝心のいじめ件数は増加した。特にいじめは1年生で多く発生し、こじれるケースが多かった。
この原因は、M中学校は教師数が多く、学年セクトが強かったので、ATT特別委員会で決めた方策を徹底することが難しかったことにある。特に1年生では、教師間で指導をめぐって意見の対立があり、いじめの指導が後追いになることがあったのが要因と考えられる。
おわりに
神戸市では、いじめの防止について、いじめ三原則『するを許さず』『されるを責めず』『第三者なし』というスローガンを設定している3)。ATT特別委員会では、これをポスターで教室や廊下に掲示し、集会や学級指導で徹底するようにするとともに、「いじめ防止三原則」というのを作成した。
すなわち、
(1)『いじめはストレス発散の一方法である。』
・・・だから、健全なストレス発散を考えよ。
(2)『いじめは伝染する。』
・・・だから、自分がいじめの伝染を断ち切れ。
(3)『いじめは太陽・公を嫌う。』
・・・だから、いじめられたと何度も訴えよ。
というもので、「いじめは幼児性の現れ」ということを理解させながら指導した。
「ATT」特別委員会を設置し、いじめ防止のために様々な提案をし、実践してきたが、A校、T校、M校の3校のいじめ防止の取組の中で、いじめの原因や背景は、大きく3つの問題があると考えられた。
すなわち、①児童生徒の問題,②家庭の問題,③学校の問題,である。
児童生徒の問題は、対人関係の不得手,表面的な友人関係,欲求不満耐性の欠如,思いやりの欠如,成就感・満足感を得る機会の減少、進学をめぐる競争意識,」将来の目標の喪失など,である。
家庭の問題は、核家族・少子家庭の増加による人間関係スキルの未熟さ,親の過保護・過干渉による生徒の欲求不満耐性の習得不十分,親の価値観の多様化による協調性・思いやりの欠如,規範意識の欠如,などである。
学校の問題としては、教師のいじめに対する認識不足,教師も生徒も多忙でお互いの交流が不十分であること,知識偏重など価値観が限られている中で差別の構造につながりやすいこと,生活指導や管理的な締め付けが強く、集団として異質なものを排除しようとする傾向が生じやすいこと,などがあげられる。
また、A校、T校、M校の3校を比較すると、「ATT」特別委員会の取組に顕著な効果のあった場合とそうでない場合があった。その差異はなにかと検討すると、教師同士のチームワークがあるかないかが強く影響している。すなわち、いじめの防止に際しては、教師同士の人間関係や部活動の指導のあり方の改善などが絶対必要条件であると考えられる。
はじめに述べたように、家庭や地域の教育力が弱くなっている現在、「いじめの土壌」を排除し、いじめが発生しないような雰囲気を学校の内外に作るとともに、良好な人間関係を形成するには、学校が主体性をもって子ども、家庭、地域に働きかけていく視点が必要である。
そのためには、まず、温かくも厳しい教師同士の良好な人間関係構築のために、業務改善等に着手していきたい。
注釈
注1)ATTとは、あかるく、たのしく、人のためになってはたらく(傍を楽にする)という意味である。
注2)人間関係を豊かにするための意識として、「友を持つ(to have)」ではなく、「友と共にある(to be)」姿勢を学ばせた。「友達を持つ」ということは、友を自分の都合のよい存在と考える姿勢であり、大変危険なことであるという話をし、友情とは自分本位のものであっては長続きせず、共に喜び合い、助け合い、ただ共にあることで幸せと感じるものであるということを、機会があるごとに生徒たちに訴えかけた。
なお、「友を持とうとするな。友と共にあれ。」は、不登校の生徒と向き合い、「6000人を一瞬で変えたひと言」の著者である師友塾塾長、大越俊夫氏の言葉である。
注3)神戸市のいじめ三原則は、元神戸市立小束山小学校長の高田 嘉英氏が、神戸市教育委員会人権教育課在職時代に提唱されたスローガンである。