「~すべき」から「~させていただく」
皆さん、おはようございます。
熊野三山を巡ってきました。
熊野信仰を浄土教系の新仏教:時衆(じしゅう、江戸時代以降は「時宗」)として開き、鎌倉末期から室町時代にかけて、日本全土に熱狂の渦を巻き起こしたのは、一遍上人です。
一遍上人は、「信心の有無や心の浄らかさに捉われず結縁を勧める」ことを信条に、民衆の中に入り、民衆とともに念仏信仰に生涯を尽くしました。
「賦算(お札配り)」や「踊り念仏」を伴う念仏布教は、当時の民衆の心をつかみ、またたく間に一遍上人の説く念仏思想は全国に広がりました。ひたすら全国を遊行し、「南無阿弥陀仏」の念仏札を人々に配る旅を続けられたことから、「捨聖(すてひじり)」や「遊行上人」とも呼ばれています。
一遍上人の踊り念仏は、リズミカルで激しい踊りに身をゆだねることで、その忘我のエクスタシーのうちに人間と阿弥陀仏の距離を一気に無化するという、実に密教的な念仏でした。この踊り念仏が「盆踊り」の原型だそうです。

「人生は辛く、厳しい修行の旅だ」と考えると、実際、その通りになってしまいます。
しかし、「人生は遊行」と考えることで、どんな出来事もどんな出会いも人生を楽しくする出来事に変わるのではないでしょうか。
いつも、「~すべき」「~ねばならない」と考えることは、「正しさ」を人生の基準にしています。しかし、「正しさ」というのは、時代や場所に応じて変化するものであり、「正しさ」を優先すると、やりたいことやしたいことができない人生になってしまいます。
「~すべき」「~ねばならない」から、「~したい」「~してあげたい」「~させていただく」とシフトアップしていくことで、人生には幸せと成功が待っているかもしれないと思います。
日時計主義
アメリカ小説家、エレナ・エミリー・ホグマン・ポーターの書いた「ポリアンナ」は、1986年にフジテレビで毎週日曜の『世界名作劇場(ハウス世界名作劇場)』で放送されて有名になりました。主人公の少女パレアナは、喜びを発見するゲームが得意でした。
「鏡のないおかげで自分の嫌いなそばかす顔をみなくてもよい、あ~よかった!」
「絵なんて飾らなくても、窓からこんなに素敵な景色が見える、あ~よかった!」と考えるのです。

日時計は太陽の輝く時だけを記録します。それと同じように、物事の「明るい輝き」のみを記録し表現するのが「日時計主義」です。
子どものマイナス面ばかりを指摘していると、やがて自信を失い、問題行動を起こすことにも繋がりやすいと言われます。それより、プラス面を見つけて「素晴らしいねえ」と伝えてあげる(褒めるとは違います)ことで、子どもはやがて自立していくようになるのです。
そのためには、まず、大人(親や教師)が、自分自身のプラス面を自覚して、さらに伸ばすようにしなければなりません。
ゆとりある公私混合
以前、私は、大変荒れた中学校に勤めていた時、連日12時を超えて帰宅していたのに、身近な人から、「あなたはいいわよね。毎日、遊んで給料もらっているんだから!」と言われたことがありました。
その時は、非常に腹がたって言い返したのですが、よくよく考えてみると、学校に行って生徒相手に好きなことを話し、やりたいようにやっている自分に気がつき、結構、「学校の先生って、遊びながら仕事をしているなあ」と思い直しました。それなら、毎日、「仕事だ、仕事だ」と思わず、「遊ぶように働こう」と考えを変えました。
それからは、楽しんで学校に行けるようになり、疲れを感じることも少なく、少しゆとりをもって生徒や保護者や教師と向き合うことができるようになりました。「ものは考え様」だなと思ったきっかけでした。
昨今、何でも機械化され、すっかりデジタル化しています。しかし、人間はもともとアナログな生き物です。何でもかんでもデジタル的な思考をすると、かえってストレスを溜めかねることにもなりかねないと思います。
仕事をとるか家庭をとるか,仕事か趣味か,仕事タイムかプライベートタイムかというように二者択一で考えることは、まさしくデジタル思考です。しかし、実際の生活はONとOFFが渾然一体となっており、その混沌を楽しんでしまった方が楽ではないでしょうか。
授業のアイデアが酒場のカウンターでふと浮かぶこともあれば、お風呂に入ってリラックスしている時に浮かぶこともあります。その確率は、もしかすると、会議の時よりも多いかもしれません。
仕事とプライベートを厳密に分けたがる人がいます。ONとOFFをきっちりと分けるデジタル思考タイプの人の考えの根底には、基本的に「仕事は苦しいもの,嫌なもの」という考えがあるようです。こういう人は、ONの時間が長くなり、OFFがしっかりととれないと、ストレスを必要以上に溜め込んでしまうのです。
元来、日本人は、「清濁併せ呑む」という言葉もあるくらい、アナログでファジーな生き方や考え方が得意な民族です。「好きこそ物の上手なれ」といわれますが、仕事が好きなら、仕事の進め方もうまくなり、その結果としてOFFの時間もちゃんと作れると思います。
そこで、私は、「ゆとりある公私混合」をモットーのひとつにしています。
子育ての中にもゲーム感覚を!
ところで、「ゲーミフィケーション」というのをご存じでしょうか。
ゲームの要素やデザインを社会活動やサービス開発に組み込むことをいいますが、ゲームの仕組みと同じように、「楽しさ」「興味」「目的意識」などを与えることによって熱中度を高めれば、ワクワクしながら楽しく知識や技能を向上でき、勉強や仕事の効率が上がります。
たとえば、勉強をゲーム化するには、
①適切な目標(クエスト)を設定する,
②友達と競ったり助け合ったりできるコミュニケーションを作る,
③簡単すぎず、難しすぎない、丁度良い難易度の学習に取り組む,
④目標を達成した時にもらえるご褒美を用意する,
などによって、勉強に対する熱中度が高まり、効率が上げります。
嫌な「勉強」をゲームのように楽しんでやるということを覚えた子は、将来、「仕事」についても、ゲームのように熱中して楽しんで出来ると思います。
子育ても同じです。勿論、子育てには、子どもの命がかかっていますから、いい加減なことはできませんが、子育ての中にゲーム的な要素がなければ、子育ては苦行になってしまうでしょう。
さて、最近、「断捨離」のいい方法を見つけました!
20分間の音楽をかけ、家族全員で捨てるものを集める競争をする方法です。まさに、家事の「ゲーミフィケーション」です。勿論、一番多く捨てるものを集めた人には報酬を渡します。このようにゲーム感覚で断捨離を1か月に1回するだけで、半年後には家は見違えるほどスッキリします。
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まとめ
一遍上人は、熊野信仰を時宗して開き、踊り念仏を唱えました。この踊り念仏が「盆踊り」の原型です。「人生は遊行」と考えることで、どんな出来事もどんな出会いも人生を楽しくする出来事に変わります。
「~すべき」「~ねばならない」から、「~したい」「~してあげたい」「~させていただく」とシフトアップしていくことで、人生には幸せと成功が待っているのです。
「日時計主義」「ゆとりある公私混合」「ゲーミフィケーション」を学ぶことで、仕事も子育ても、決して苦行ではなく、楽しいものになります。
