大変な時代になりました。
教師になろうとする若者がおらず、教員採用試験の倍率は年々下がり、倍率が2倍を切る地方公共団体が続出しています。中には定員割れで、何度も採用試験を実施したり、教員免許なしでも採用したりするというところまで出てきました。
当然、教育の質の低下は妨げられません。
一方、管理職になろうという教員も激減し、校長や教頭になるのに、試験を実施しないところもあります。
一般企業や他の公務員では、管理職になるには、必ず昇進試験があり、経営学や心理学などを含む帝王学を学ばなければなりません。ところが、学校では、リーダー論を知らずして、校長や教頭になっているのです。
諸外国の教育管理職の実態をみてみると、ヨーロッパの初等・中等教育機関の校長の中には、ドクター(博士号)を取得している方が多くいます。日本の小学校・中学校・高校の校長で、ドクターを取得している方は何人いるでしょうか? 一時期、日本の高校の校長になるには、マスター(修士号)の取得を必須とする試みをしたことがありましたが、現実的でないということで採用した地方公共団体はありません。
校長になるのに、経験(実践知)だけでは不十分です。経営学(マネジメント)、心理学、行動科学、倫理学・哲学、法律、情報科学(IT・デジタルリテラシー)、経済学、会計学・財務経理などに長けることに加え、人間力も問われるでしょう。
今一度、日本の校長は、学び直しをする機会を得て欲しいと願います。
校長の基礎基本
学校教育法37条4項には、
「校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する」
と定められています。
「校務をつかさどる」とは、学校の業務に必要な一切の事務を掌握し、処理(調整・管理・執行)する権限と責任を持っていることをいいます。
また、「監督する」とは、教職員の教育活動を把握し、適切でない時は、是正、取消し等、すべての指導、判断ができる権利です。 具体的には、監視、許可、承認、指示、命令、停止、取消し等を意味しています。
校長には、コミュニケーション能力、意思決定力、問題解決能力、そして、ビジョンを共有し、チームをまとめるリーダーシップ、また、教育的感性や感情的知性など、様々な能力が要求されています。
1.ロマンを語る。
校長職を全うする上で持たなければならない条件には、修身、実力、感化力、勇猛心、人を思いやる心などがあげられると思いますが、一番大事にしたいことは「方向を示す力」、すなわち、ロマンを語ることだと思います。
アメリカの小説家ヘンリー・ミラーは、
「本当のリーダーというものは、人をリードする必要はない。ただ道を示すだけでよい」と述べています。
実業家で、京阪ホールディングス代表取締役社長CEO兼COOの加藤 好文氏は、
「嵐が来たり、暗闇に包まれても、我が社はこっちの方向を行くんだと方向を示す。要は、経営トップは会社の羅針盤です」
と述べ、リーダーについて、以下の6点をポイントにあげています。
1.リーダーは、方向を示す人=理想・夢を掲げる(語る)人
2.ガッツのある人=何が起ころうと倒れない人
3.「君子、未萌に見る」=時代の流れを読む人
4.「君子、時中す」=「福を無形に造り、禍を未然に消す」
5.私心がないこと
6.真摯さの一環持続 ⇒「福徳」を持つ人
PDCAサイクルを活用しながら、校長として以下のことに取り組みます。
(1)教育目標を明確に <構造化> して示す。
(2)教職員にプロの教育者としての自覚を持たせる。
(3)鳥瞰的な視野にたった学校経営参画意識を育てる。
(4)教師・児童生徒・保護者・地域の関係者との適切な距離をキープし、適切な情報発信をする。
(5)啓蒙教育を行う。
(1)教育目標を明確に <構造化> して示す。
校訓を含め、校長はどんな学校にするのか、その経営方針を明確に示す必要があります。
その際、学校経営方針を構造図にして示すこととわかりよいと思います。ただ単に、文章を座列しただけの教育目標など、誰の頭に入るでしょうか?
毎日見えるところに、構造図にした学校経営方針を掲げることで、ようやく周知できるのです。
ある学校の学校教育目標を一例にあげましょう。

この図は、学校をひとつの「家」に譬え、屋根に当たる部分に校訓、梁に当たる部分に教育目標(目指す生徒像)、柱に当たる部分にスローガン、そして、土台に当たる部分に教師像が記されています。図表化することで、学校運営協議会やPTAなどの位置づけや、これに対応した重点指導内容がよく分かります。
(2)プロの教育者としての自覚を育む。
医者が処方を間違えると最悪の場合、患者は死にます。それは教師にとっても同じことです。
教師が間違えた教育をすると、子どもは死ぬのです。そういう自覚のもと、教師は教育活動をしなければならないという考えを、校長は教師全員に浸透しなければなりません。
私は、そのような自覚をもち、教育活動を行える教師を「プロの教育者」と呼びたいと思います。
プロの教育者は、コンプライアンスを遵守するのはもちろんのこと、仕事に「ムダ」「ムリ」「ムラ」をなくして「ゆとり」ある公私混同(業務改善)に務め、「傍楽」意識(周りの者と協調し、協力して仕事をする意識)をもって、教育活動を行う人を言います。
1.心身ともに、いつも健康である。
2.「教師」を演じることができる。(服装・言葉遣い・表情・姿勢・動作etc.)
3.授業がうまい。
4.話上手である。(「譬え話」のネタをたくさん持っている。)
5.教育哲学を持っている。かつ、柔軟な考え方をしている。
6.謙虚な姿勢で学び、常に向上心を持っている。
7.対人関係処理能力に優れている。(生徒との関係、保護者からの信頼、教師同士)
8.生徒を一番に大切にする。
9.「時」を守り、「場」を清め、「礼」を正す。
10.学校行事や部活動を大切にする。
(3)学校経営参画意識を持たせる。
学校をうまく経営するには、すべての教職員に、先を見越し、鳥瞰的な視野にたった経営参画意識を持たせることが重要です。
そのためには、リーダーを育てるべきです。
次のようなリーダーシップ理論について精通しておきましょう。
・クルト・レヴィンの法則(場の理論)に基づく3つのリーダーシップ
⇒専制型リーダーシップ・民主型リーダーシップ・放任型リーダーシップ
・三隅 二不二氏のPM理論
⇒PM型・Pm型・pM型・pm型
・ポール・ハーシーとケン・ブランチャードによって提唱されたSL理論
⇒教示的リーダーシップ・説得的リーダーシップ・参加的リーダーシップ・委任的リーダーシップ)
・ダニエル・ゴールマンのEQ理論
⇒ビジョン型・コーチ型・関係重視型・民主型・ペースセッター型・強制型
・コンセプト理論
⇒カリスマ型・変革型・EQ型・ファシリテーション型・サーバント型
(4)情報発信をする。
学校の方針、校長の教育観、学校の現状などを児童・生徒や保護者、また、関係機関や地域の有力者、そして教職員に周知徹底することが大切です。
このような情報発信の方法としては、学校だよりやホームページなどがあるでしょう。校長だよりの発行なども、大変、効果があります。いずれにしても、決して人任せにせず、校長の責任において情報発信をすることが重要です。
また、全体保護者会や地域の会合などでの校長の挨拶は、情報発信の絶好の機会です。是非、事前に原稿を書いて、理論的にわかりやすく、そして、好感のもてる話をするように心掛けましょう。
(5)啓蒙教育に努める。
特に、啓蒙活動は、教職員の不祥事やコンプライアンス違反を防止する上でも、次なるリーダーを育てる上でも非常に大切です。
しかし、朝の職朝や職員会議で訓示を垂れたり、おススメの本や研修会を紹介したりするだけでは、あまり成果は上がりません。
おススメは、職員に対して発行する「校長だより」(校長通信)です。
「校長だより」を発行すると、教職員の健康面,教育観・人生観,教師力(授業力・生徒指導力),社会情勢・動向の把握などの啓蒙教育として効果が高いと思います。
2.数字はウソをつかない。
学校内外に関する情報はデータとして整理し、掴んでおきます。.
□所在地・電話・FAX・メールアドレス
□緊急時連絡先
□地域の地理的・歴史的な出来事
□学校ホームページ
□近隣校の状況
□社会情勢
校長の仕事の具体
校長の仕事は教頭の仕事の延長ではありません。校長は、「校務をつかさどり、所属職員を監督する」のですから、教頭に任せるべき仕事は教頭に任せ、より広い視野で校長にしかできない仕事に専念したいものです。
1.地域・保護者への対応
□地域行事への参加
□学校運営協議会(コミュニティスクール)の運営
□自治会、婦人会、消防団、各種協議会との交流
□PTAや地域の有力者(議員、保護司、民生委員、etc.)との良好な関係作り
2.職員管理・人事
□職員(特にサポートが必要な職員)の実態把握
□リーダー(管理職・主幹教諭・主任)の育成
3.児童生徒管理
(1)実態把握
児童生徒人数、健康状態(既往歴)、家庭状況(ひとり親家庭、兄弟姉妹、保護者年齢、経済状態)、外国籍、 指定外通学、保護者の職業(特に学校関係者、医療関係者、警察関係者)など、数字(データ)でもしっかりと把握しておきます。
▼母親のいない生徒に、「家に帰ったら、お母さんにもちゃんと言うとけよ。」
▼夜勤のある看護師の母親のいる生徒に、「明日の朝までにお母さんのサインをもらっといて。」
▼整形外科の父親のいる生徒がけがをして、「その程度のけがなら、冷やしておけば大丈夫だ。」
▼N高校に通学している兄のいる生徒に、「通信制の学校なんて進路先に考えちゃいけない。」
▼就学援助家庭の運動部の生徒に、毎週、高額の交通費のかかる対外練習試合を計画する。
▼教育扶助家庭の吹奏楽部の生徒に、高額の楽器を「個人で買った方がいい」と勧める。
▼「お前の親は学校の先生やろ。」「(いじめをした児童生徒の)親の顔が見たいわ。」.
▼(外国籍の児童生徒に対して)「日本人と違うから・・・」
(2)児童生徒指導
校長が直接、児童生徒を指導することは少ないでしょうが、重大な事件を起こした場合や教職員で解決できない事案に関しては、校長自らが指導することも必要です。
□過去に発生した事件・事故の把握
□保護者クレーム対応(こじれたケース)
※全校朝集について
全校朝集は、週始めの生徒観察や生徒の学習意欲・教師の勤労意欲の高揚等、重要な学校行事であると考えます。校長にとっては「授業」の一環であり、つまらない話や注意をするから、児童生徒も教師も嫌がるのです。
最初の全校朝集会で、①表彰伝達の際には胸の位置で大きな音をたてて手を叩くこと,②禁句「3D」(でも・だって・どうせ)を言わないこと,③「ミ」の音で挨拶をすること,などの確認をし、可能な限り、毎週実施するようにします。
校長の話の際には、スライドや動画などを取り入れて視覚にも訴えるとともに、その内容はホームページにも掲載するようにします。
(3)学習・進路指導
□学力の実態把握
□進路状況の把握
(4)特別支援教育
昨今、児童生徒数は減少していますが、特別支援学校や特別支援学級に在籍する児童生徒数は急増しています。また、特別な支援を要する児童生徒の割合も増加傾向です。そのことを踏まえ、どの職員も特別支援教育の視点を持って対応することが必要です。
まず、校長自らが特別支援教育への認識・理解を深めることです。
そして、全職員が特別支援教育の視点を持たせるとともに、特に特別支援学級の指導には、それ相応の知識や経験を持った職員を担当させるようにします。
4.学校教育・教育課程管理
□教育計画」
□学校基本調査
□時間割・チャイム作成
⇒教務主任と連携を密にし、校長の責任において任せます。
5.学校行事
□儀式的行事
□文化的行事
□健康安全・体育的行事
□遠足・集団宿泊的行事
□勤労生産・奉仕的行事
⇒担当する職員に校長のビジョンを伝え、校長の責任において任せます。
6.事務・会計管理
□事務職員との報告・連絡・相談の徹底
□公費・準公費の管理
□業者の把握
⇒事務職員との信頼関係を築き、校長の責任において任せます。
7.施設・設備関係
□施設・用具の管理
□鍵の管理
□工事関係
□修繕・修理関係
□消防・防火設備
□防犯対策
⇒校長の責任において、教頭に任せます。
8.学校保健・安全管理
□養護教諭との報告・連絡・相談の徹底
□安全対策
□職員・児童生徒の健康管理
□非常時・警報発表時対応、防災関係(地震・津波などの自然災害、家事)
□施設・用具の安全対策(校内・校外)
⇒養護教諭や管理員、係の教師に、校長の責任において任せます。
9.研修・会議
□職員研修の計画・実施
□会議の計画・運営
⇒校長自らがリーダーシップを発揮して実施します。
10.職員厚生
□業務改善
□職員親睦
□同窓会
□冠婚葬祭関係
⇒校長自らがリーダーシップを発揮して実施します。
緊急時対応
校長の力量が問われるのは、緊急時の対応です。
重大事故への対応3原則
(1)緊急性・重大性を考慮し、優先順位を決め、迅速に(素早く)対応する。
(2)誠意をもって、慎重に、長期・短期の時系列対応を行う。
(3)最悪の場面を想定しながらも、組織的な対応・マニュアルに沿った対応をし、解決像・収拾策を共有する。
危機管理対応の流れ
1.的確な状況把握と迅速な初期対応
①情報収集
②学校状況把握
③誠意ある丁寧な対応
2.緊急対応
(1)安全措置:「生命」と「健康」を最優先する。
①病院への搬送手配
②応急措置・二次災害防止
③加害者へのケア
(2)事故の発生状況の報告・連絡・相談と記録
①保護者への第一報
②担任・顧問への連絡・指導・助言
③養護教諭との連絡・指示
④教育委員会へ報告・連絡・相談
⑤関係機関(警察,警備会社,消防,医療・福祉・司法関係,カウンセラー,児相,PTA)への連絡
⑥近隣の学校への報告・連絡
(3)マスコミ・法的責任への対応
①窓口の一本化・・・メモ係・電話応対係・誘導係なども決定
②守秘義務(子どもの人権尊重)と原則公開に注意
③説明責任。緊急保護者会の開催
④法的責任への対応
3.中・長期対応
(1)再発防止
①事故再発防止対策
②緊急対応マニュアルの見直し
③教職員組織・指導態勢の見直し
④共通理解事項の浸透
⑤カウンセリングマインド
⑥お礼(行き届いた配慮)
(2)日常の予防管理
①人間尊重教育・心の教育の推進・「楽しい学校」づくり
・・・体育的活動,道徳,集団活動を充実させる。
②「開かれた学校・信頼される学校」づくり
・・・適切な情報発信,学校評議員・保護者の協力
③教育環境向上
・・・施設設備,言語・掲示環境,清掃活動
④確かな学力
・・・生活習慣「早寝・早起き・朝ごはん」 + 分かる授業
⑤明るく話しやすく、風通しのよい職場づくり・温かくも厳しく、良好な人間関係
(3)職員研修
(R=Reserach)PDCAマネジメントサイクルを活用し、「人間性豊かな教師集団」を組織する。
関係機関との連携
緊急時に限らず、普段から学校には、学校だけでは解決できないような問題が山積しています。
いじめ、不登校、虐待、刑事事件など、諸問題が発生した時に、どのような関係機関と連携し、解決策を見出すかは、校長の手腕にかかっています。
なんでもかんでも、教育委員会に連絡・相談・報告すればいいというのではありません。
いざという時には、適切な関係機関と連携をとれるように、警察、家庭裁判所、少年サポートセンター、教護院、家庭センター(児童相談所))、こども家庭局、教育相談室、家庭支援室、福祉センター、障害者支援センター、悩み相談室(ホットライン)、適応教室、フリースクールなどと普段から連携を深めておくことが大切です。
また、報道機関とのパイプも重要でしょう。
さしすせそ
さ・・・最初のひとこと
し・・・慎重な応答
す・・・推察の危険
せ・・・誠意ある態度
そ・・・組織一丸の姿勢
さ・・・最悪のことを考えて
し・・・慎重に
す・・・素早く
せ・・・誠意を持って
そ・・・相談して
さ・・・些細なことでも記録
し・・・情報の収集・活用
す・・・すでに起きた事例の共有化
せ・・・精通すべき法律知識
そ・・・組織の危機管理意識向上
教育観
最後に、校長として一番大切なことは、どのような教育観を持つかということです。
教育の可能性を信じ、教育の重要性を説き、どんな人間を育てるのかというビジョンを明確に示すことが、校長として最も大切な仕事です。
これも、教育目標と同じように、構造化して示すことが重要です。
一例をあげましょう。

