「最後まで決してあきらめず、不可能を可能にする。それが〇〇だ!」

「最後まで決してあきらめず、不可能を可能にする。それが〇〇〇〇〇〇だ!」
皆さん、おはようございます。
次の動画を約1分ほど見てもらいます。可能な限り、まばたきをしないように、円の中心を見つめます。
動画が終わったら、周りの景色を見てください。
但し、車酔いの激しい人、焦点の定まらない人はやらない方がいいでしょう。
どうでしたか?
周りの景色に違和感があったでしょう。心配は要りません。1分ほどで元に戻ります。
これは、催眠術の一種で、性格的に「素直」な人は、よくひっかかります。
次は、「シュブルールの振り子」を紹介しましょう。
30cm程度の糸を1本用意し、その先に重りをつけます。椅子に座わり、テーブルの上に両肘を載せて、腕が震えないようにして指で糸の片端を軽く持ちます。糸の先をじっと見つめて、重りが前後に揺れ始めるところを想像するのです。

すると、重りは揺れ出し、やがて心が念じた通り活発に揺れていくでしょう。「左右に揺れる」と念じれば、思い通り左右へと揺れ出し、「時計回りに円を描いて回れ」と念じれば、その通りにグルグルと回り出すはずです。先ほどの「ヒプノディスク」より高い確率で、10人中9人はこの暗示にかかるそうです。
では、本題に・・・
2006年、ウルトラマンシリーズ誕生40周年記念作品として全国松竹系映画館にて公開された円谷プロダクション製作の特撮映画『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』は、神戸市を舞台に撮影されました。撮影が行われた主なロケ地は、神戸空港、神戸ポートピアランド(2006年3月に閉園)、ポートアイランド住友倉庫、モザイク・高浜岸壁六甲山牧場、須磨海浜水族園、シーサイドホテル舞子ビラ神戸などでした。40周年を記念し、初代ウルトラマン、ウルトラセブン、ウルトラマンジャック、ウルトラマンエース、ウルトラマンタロウ、ゾフィーのウルトラ6兄弟が登場し、特に、ウルトラマン、セブン、ジャック、エースの4人は、それぞれ、ハヤタ隊員、モロボシ・ダン、郷秀樹、北斗星司の懐かしい人間体も登場しました。
ウルトラ4兄弟は、20年前に異次元人ヤプールの怨念の集結した究極超獣Uキラーザウルスと月面で激しい戦いを展開し、Uキラーザウルスを神戸港沖に沈め、自分たちの光エネルギーの大半を使い果たす大技ファイナル・クロスシールドによってヤプールの怨念を封印します。4兄弟は変身能力を失ってしまいますが、愛する地球にとどまって地球人の姿で生活を始め、その傍らで封印を監視し続けていたのです。
さて、その映画で、現実から逃げていたウルトラマンメビウスに変身するヒビノ・ミライは、ハヤタたちウルトラ4兄弟から、「自分たちウルトラマンは『神』ではない」と諭されます。
ハヤタ 「メビウス、前に私たちは教えたはずだ。」
モロボシ「大切なのは、最後まであきらめず、立ち向かうことだ。」
郷 「たとえわずかな希望でも、勝利を信じて戦うことだ。」
北斗 「信じる心。その心の強さが不可能を可能にする。」
ハヤタ 「それが、ウルトラマンだ。」
「最後まで決してあきらめず、不可能を可能にする。それがウルトラマンだ!」の名セリフはこうして生まれました。
この年、私は、中学校で体育大会の組体操の指導をし、6段ピラミッドと4段タワーに挑戦していました。最後に4段タワーがみごと成功し、一番上から垂れ幕を下ろして、全員で叫んだ言葉がこれです。 「どんな時もあきらめず、不可能を可能にする。それが〇〇生だ!」

不可能を可能にする人に育て!
その〇〇中学校で担任をしていた頃、教育相談を行いました。
A君に、「君は国語ができさえすれば、もっと他の教科の成績も伸びると思うよ」と言うと、「でも、僕には国語の成績をあげるなんて無理です」と答えます。
Bさんに、「2学期から毎日、家で数学の計算問題を30分ほどやってみたら?」と言うと、「だって、私は、計算はあまり好きじゃないんです」という返事が返ってきました。
そして、C君にに、「君は学級委員にチャレンジしてみてはどうかな?」と言うと、「どうせ、僕には委員なんて無理です。」と答えるのです。
私は思わず、「バカ野郎!」と(心の中で)どなってしまいました。
「人間は空を舞う鳥を見て飛びたいと願い、飛行機を発明して空を飛んだのだ。美しい月を見て月に行きたいと思い、それを可能にしてきた。不可能を可能にしてきたのが人間の歴史であり、進歩ではなかったか。最初から、『無理』と言うようでは、『僕はもう成長したくない』と言っているのと同じではないか。お父さんもお母さんも、子どもの成長を願っているはずだ。その思いを自分から踏みにじるな!」と(心の中で)どなってしまいました。
生徒たちは、よく「そんなん、私には無理や。」とか「僕には出来ない。」と平然と言います。「でも」「だって」「どうせ」をなんとかの3Dともいうそうですが、その生徒の殆どは、一度や二度、失敗した経験があるからでしょう。いつもより多く勉強してみたけれど、思うように成績が伸びないとか、ちょっと練習を真面目にやってみたけれど、試合に出してもらえないということで、「もう私は駄目だ」と落ち込んでしまっている人がいます、しかし、これは見方をかえれば、ずいぶん高慢なことです。私たち凡人は、一度や二度の失敗で「もう駄目だ」と言えるほどの人物ではないと思います。

アメリカ16代大統領アブラハム・リンカーンは、残念ながら、最期、銃に倒れましたが、奴隷解放宣言をはじめ、アメリカ史上、忘れることはできない功績を残しました。実は、リンカーンは、様々な職業を転々とした後、弁護士になり、下院議員、上院議員を経て大統領になりましたが、それまでに、失職,ビジネスでの失敗,選挙での落選と、様々な失敗を繰り返しています。選挙だけでも、1832年の敗北に始まり、1938年の議長選挙,1954年と1958年の上院議員選挙で破れています。大統領になるまで、なんと30年近くに渡って、失敗の経験をしているのです。
中国歴史書「史書」の中に、「前事の忘れざるは後事の師」という言葉が出てきます。失敗から何を学ぶかということが、成功の分かれ目だということです。
「古い悲しみに、新しい涙をそそぐな」とは、古代ギリシア詩人、エウリピデスの残した言葉です。
また、アメリカの教育者マーフィーは、
「失敗は成功の第一歩です。失敗したことを喜びなさい」と述べています。一度や二度の失敗を恐れずに、不可能を可能にしようとする人に育って欲しいと願います。
『決するものは根性』
1964(昭和39)年、「東洋の魔女」と言われた女子バレーボールチームを率い、東京オリンピックで金メダルに輝いた監督、大松 博文氏の著書「おれについてこい」は、ベストセラーになりました。
大松監督は、無名の選手ばかりを集め、ニチボウ貝塚という単独のチームで、世界一になったのでした。その猛練習は特に有名な話です。オリンピックの前には、1日平均5時間の睡眠で、仕事をしながら、練習にあけくれたといいます。時には、練習を終えると、朝だったという日もあったそうです。そして血のにじむような練習の中から生み出されたのが、「回転レシーブ」であり、「木の葉落としサーブ」でした。
その大松監督の著書から、名文句をひろってみましょう。
□「スポーツには負けて勝つという世渡り上手は通用しない。」・・・(受験も一緒じゃないでしょうか?)
□「先ずれば、人を制す。」
□「勉強にしろ、試合にしろ、仕事にしろ、全て事を成すにあたっては、自己をベストコンディションにおくことが第一だ。それは自分自身に対する忠実さであり、他に対する礼儀であり、そして、成功する鍵である。」
□「物事は全て、おそるおそるやったら失敗する。勝負なら負ける。」
□「訓練と忍耐は恐ろしい。不可能を可能にする。」
□「負けじ魂、勝負への自信と根性は、いざという時、花を咲かせるのだ。」
□「やるのだ! まだ息をしている!」
□「人生には、病気をするぜいたくも許されないことがあり、時期がある。」
□「だめになると思ったらだめになる。負けちゃだめだ。」
□「全て、精神も肉体も集中して、命懸けでやれ。」
□「『しんどい』を口にするな。それを口にした瞬間、最後の支えである精神力も崩壊されるのだ。」
□「ナニクソ、ナニクソ、ナニクソ・・・」
□「負けることなど考えずに、自信と、度胸と、どこまでも食い下がっていく根性が、難関を突破する秘訣だ。」
□「全ては自分自身のためだ。おれが苦労するのも、おまえたちが苦しむのも、他人のためではない。自分の心の修養になるのだ。」
□「人間の努力は不可能を可能にする。」
□「努力、努力、ただ努力。」
□「なせばなる。なせばならぬなにごとも、ならぬは人のなさぬなりけり。」(明治天皇)
自信のある笑顔
自信のある人の笑顔は、魅力的で輝いています。そして、魅力的なその自信の笑顔には、謙虚さが隠れているはずです。
自信とは、「自分にはできるはずだ。」と信じる心です。前向きに走っている顔であり、希望に輝いている顔です。生き生きとした花が美しいのと同じで、生き生きとした顔はもっと美しいものです。
自分はこれではいけないと思って努力する人がいますが、それは自己否定することになり、心も顔も暗くなりがちです。元気も出なくなるし、長続きもしなくなります。自分をダメな人間だと思っているとダメな方向に、自分を「出来る人間だ!」と思っていると、いつ必ず出来る人間になっていくものです。
しかし、「自分はもうこれでいいんだ。」と思ってしまうと、気付かずに落とし穴に落ちることになります。「まだまだだ」「これからです」と思っている時は、他人の忠告や意見に素直に耳を傾けることが出来ます。どんな厳しい意見を聞いても、あと一歩だと思っている人は決して落ち込むことはありません。
「あと一歩だ!」「自分にはできる!」と信じる自信から、不可能を可能にする力が生まれてくると思います。

不可能を可能にする「フィンガーサイン(指遊び)」
顔の前で両手指の腹を合わせ、両中指を第2関節部から折り曲げて、甲側をしっかり合わせます。親指・人差し指・薬指・小指は指を伸ばしたまま両手の指先をくっつけます。


この状態で、親指、人差し指、小指の順に、1本ずつ指を離してみます。最後に薬指も離してみます。そうすると、ほとんどの人は薬指だけが離すことができないでしょう。
薬指というのはリングフィンガーと呼ばれているように、結婚指輪などをつける指ですから、夫婦は離そうと思っても簡単には離れることができないという譬え話にされることがあります。
指を伸ばす伸展筋は前腕背側部にあります。特に第2~5指を動かしているのは、肘から手背(手の甲)を通って指骨に付着する、(総)指伸筋が関係しています。そしてこれら4指の腱の間は腱組織で繋がれており(腱間結合)、互いに独立した動きを制限した構造になっています。薬指を伸展させるために筋を収縮させて肘側に動かそうとしても腱間結合の突っ張りで薬指の腱がロック状態になっていることになります。
しかし、稀に薬指を離せる(よく動かせる)人がいます。中指に力を入れながら薬指を動かす練習が必須であるピアニストやギターリスト、また、指先の器用なマジシャンなどは、訓練によって薬指を離すことができるのです。決して異なる構造的特徴を有しているのではありません。「構造が機能をつくり、機能が構造をつくる」といわれる所以でしょうか。
ところで、中指と薬指の間を開いて、Vサインを作ることができますか?

これは、映画「スタートレック」に出てくるバルカン星人の挨拶です。「長寿と繁栄を」と言いながら、示します。
次に、広隆寺の弥勒菩薩の指の形を紹介しましょう。

薬指と親指を合わせた手の形、これは『空間を自由にするための秘技』のフィンガーサインだそうです。弥勒菩薩像では、「思惟手」と呼ばれ、人々を救うための方法を深く考えている様子を表していると解釈されています。

普段、私たちは、家や職場など、それぞれの「土地の磁場」や「空間に溜まったエネルギー」を受けています。そこに留まるためには、自分のエネルギーを、その場に合うように変化させなければなりません。自分と合わない空間にいる時や家庭内でストレスを受けている時など、自分のエネルギーを妨げられている時に、薬指と親指と合わせるだけで、その空間を自分の波長に合わせることができるのだそうです。「思惟手」には、「リラックス効果」や「集中力の向上」はもちろん、体調を整える効果もあると言われています。
また、ロシア武術のシステマで有名な北川 貴英氏も、このフィンガーサインの効果について言及し、実際の武術に応用されています。ただ空間にお願いするだけでも、効果があるのだそうです。
最後に、キリスト教の三位一体を象徴するフィンガーサイン「万神の手(ローマの手)」を紹介しましょう。

これは、常に、親指と人差し指と中指をかかげ、薬指と小指を折り込んだ形をしています。
このフィンガーサインは、古代ローマ時代から使われてきたもので、レオナルドダビンチをはじめ、様々な作家の絵画にも描かれています。ローマの神、ユピテル、ユーノー、アレースやエジプト神話のオシリスを表す場合に用いられたとされており、不可能を可能にする(可能にしてきた)サインです。
※参考-イエスの奇跡―
イエス・キリストは、自分がメシア(救世主)であることを立証するために、あらゆる奇跡を起こしたことが、新約聖書に記されています。そのいくつかを紹介しましょう。
・イエスと弟子たちが招かれたガリラヤのカナでの婚礼で、イエスは6つの水がめに入った水をぶどう酒に変えた(カナの婚礼)。
・夜通し働いても何も取れなかったシモンに、「沖に乗り出し網をおろしなさい」と命じた。シモンが言葉通りに従うと、おびただしい魚がかかり、2艘の舟が魚でいっぱいになった(大漁の奇跡)。
・舟に乗ったイエスが「静まれ」と命じて嵐を静めた。
・5つのパンと2匹の魚を増やし、5千人の人々に食べさせた(パンと魚の奇跡の教会)。
・イエスが湖の上を歩いた。
・カファルナウムで神殿税を集める人が来た時、ペトロを湖に釣りに行かせ、釣れた魚の口の中にある銀貨一枚で2人分の神殿税を納めさせた(貢の銭)。
・いちじくの木に向かって、「今から後いつまでも、お前から実を食べる者がないように」と祈ると、翌朝、いちじくの木が枯れていた。
・イエスの復活後、漁をしている7人の弟子たちのもとにイエスが現れ、舟の右側に網を打ちなさいと指示をすると、153匹の大きな魚が網に入った(二回目の大漁の奇跡)
・ガリラヤでおびただしい民衆の病気、苦しみ、悪霊に取りつかれた者、てんかんの者、あらゆる病人が癒やした。
・ガリラヤのカナで王の役人の息子を癒やした。
・エルサレムのベトザタの池(ベテスダの池)で38年間病気で苦しんでいる人を癒やした。
・悪霊に取りつかれたゲラサの人を癒やし、悪霊たちを豚の中に送りこんだ。
・12年間出血が止まらず苦しんでいた女が、後ろからイエスに近づきイエスの服の房に触れた途端、出血が癒えた。イエスは振り返り、「あなたの信仰があなたを救った」と女をいたわった。
・「ダビデの子よ、私たちを憐れんでください」と言いながら、ついてきた2人の盲人の目を見えるようにした。
・悪霊に取り付かれて口の利けない人を癒やすとしゃべり始めた。
・18年間、病の霊のために腰が曲がったままの婦人を癒やした。
・ガリラヤで耳が聞こえず舌の回らない人をイエスは群集の中から連れ出し、指をその両耳に差し入れ、それから唾をつけてその舌に触れ、そしてその人に向かって「エッファタ(開け)」と言うと、その人の耳が開き、舌のもつれが解けてしゃべれるようになった。
・イエスはベトサイダで盲人の手をとって、村の外に連れ出し、彼の目に唾をつけ、両手を彼の上において癒やすと彼はおぼろげに見えるようになった。そこで、イエスが両手をその目に当てると、今度ははっきりと見えるようになった。
・イエスがエルサレムにのぼる途中、ある村に入ると、重い皮膚病(ハンセン病)を患っている10人の人が出迎え、遠くの方に立ち止まったまま、「イエス様、先生、どうか、わたしたちを憐れんでください」と声を張り上げた。イエスは彼らを見て、その体を清くした。
・エリコの近くの盲人バルティマイは、ナザレのイエスが道を通ると聞いて、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。イエスは彼を呼び、彼の目を見えるようにした。
・イエスは、エルサレムで生まれつきの盲人の目に唾と土をこねて塗り、シロアムの池で洗うようにと告げた。彼がシロアムの池に行って目を洗うと見えるようになった。
・死者を生き返らせた。
・会堂長ヤイロの娘を生き返らせた。
・ベタニヤでイエスは涙を流し、ラザロを生き返らせた。
・十字架で死刑になったイエスが復活し、マグダラのマリアの前に現れた。
・十字架で死刑になったイエスが、食事中11人の弟子たちのもとに現れた。
・十字架で死刑になったイエスが、8日後、再び弟子たちのもとに現れ、信じなかったトマスに自分の手とわき腹を見せた。
・十字架で死刑になったイエスが、漁をしている7人の弟子たちのもとに現れ、舟の右側に網を打ちなさいと指示をすると153匹の大きな魚が網に入った。
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まとめ
7月10日は、「ウルトラマンの日」、最後まで決してあきらめず、不可能を可能にする。それがウルトラマンです。
「でも」「だって」「どうせ」の3D言葉を発してはいけません。私たち凡人は、一度や二度の失敗で「もう駄目だ」とえるほどの人物ではないと思います。
アメリカ16代大統領リンカーンは、大統領になるまで、30年近くに渡って、失敗の経験をしています。
古代ギリシア詩人、エウリピデスは、「古い悲しみに、新しい涙をそそぐな」という言葉を残しています。
アメリカの教育者マーフィーは、「失敗は成功の第一歩です。失敗したことを喜びなさい」と述べています。
「東洋の魔女」を率いて東京オリンピックで金メダルに輝いた大松 博文監督は、『決するものは根性』だと述べています。
まず、自信のある笑顔を絶やさないことです。また、不可能を可能にする「フィンガーサイン(指遊び)」をお教えましょう。
